冷めないうちに、プラスチックの器によそった芋煮汁に口をつける。

「わ、芋煮、おいしいです! 豚汁の味を想像していたんですけど、具だくさんだからもっとまろやか! 汁物と煮物の中間みたいな感じですね」

 崩れた里芋がとろっとしていて、味噌の汁自体がおいしい。野菜の旨みがぎゅっと詰まっている感じ。

「そうか。おむすびが気に入ったならよかった」
「はい。たくさんおかわりしちゃいそうです」

 まだ半分も食べていないのに、身体がぽかぽかしてきた。お出汁と味噌の濃さも絶妙で、おにぎりも進んでしまう。栗ご飯のおにぎりは、もち米で炊かれていて食べごたえがあった。栗の控えめな甘さとホクホク感、お米のもちもち感、ごまの塩加減がマッチしていて感動のおいしさだ。
 一心さんもそうだけど、プロの仕事ってすごい。なにげないものを作っても、真心と手間のかかったおいしさを感じられるんだから。

「ところで、一心」

 芋煮汁を食べ終わったお母さんが膝に器を置いてハンカチで口をぬぐう。今日はパンツスタイルのラフな洋服だけど、着物姿のときみたいに仕草が上品だ。

「ああ」

 一心さんは、芋煮をすすりながら返事をする。

「こころ食堂の裏メニューなんだけど」

 一心さんの肩がぴくりと動き、一瞬時間が止まる。

「母さん、どこでそれを?」

 ゆっくりと器から顔を上げた一心さんは、気まずそうな顔をしていた。おそらく、気恥ずかしいから『おまかせ』のことは親には知られたくなかったんだろう。

「司さんに聞いたのよ。叔父さんにチキンカツレツを作ったんですって? お父さんははらこ飯を作ってもらったし、私だけまだなにも、一心のおまかせ料理を作ってもらっていないのよ」
「司さんは叔父さんと一緒に来てくれただけだし、親父のは見舞いだからそういうつもりじゃ」

 言い訳を並べる一心さんの肩を、お父さんがぽんぽんと叩く。

「母さんはうらやましいんだとさ。お父さんだけ思い出の料理を作ってもらってずるい、って言われちまったよ」

 一心さんは、はっとしたようにお母さんを見た。お母さんはちょっとだけさみしそうな笑みを浮かべながら首を傾ける。