死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。


 先生から逃げるように病室を出て、廊下に飛び出す。 
 「赤羽くん!!」
 先生の声を無視して歩く。
 ムカつく。ムカつく。ムカつく。
「あー! くっそ……っ!」
 屋上に行って、俺は自分の髪をグシャグシャした。
 俺は、悲しいくらいあの人の言う通りだ。……だって、俺といてあいつにいいことなんか起きない。俺が死んだらあいつは絶対泣くし、親戚だって、あいつを酷い目に合わせるかもしれない。
 それなのに会いたいなんて、ただのわがままだ。
 確かに俺は逃げているだけなのかもしれない。でも、それが最良の選択だとしか思えない。
「……四か月で救えたら苦労しねぇだろ」
 俺のいじめは、四か月なんかでは解決しなかった。それなのに虐待を四か月で解決するなんて無理だ。
 いつから狂ってしまったのだろう。いつから、あいつを大切に思うようになってしまったのだろう。
 他人なんて、どうでもよかったハズなのに。
 真面目に生きる気も、人生を楽しむ気もなかったのにどんどん楽しくなっていってしまった。
 四か月でも、俺は生きたい。あづや潤と笑って生きたい。動物園言ったり、ゲーセン行ったりして。でも、俺にはそんな資格ない。
 それに、俺は怖いんだ。あづが今も俺を待っているのか確かめるのが。あづは俺を受け入れてくれると思う。でも、もし愛想をつかしていたらと思うと、会うのが怖くてたまらない。

 俺は本当に全然吹っ切れていない。
 悩むたびに屋上に来るのは、あづと一緒に行ったあの屋上からの景色が忘れられないからだ。
 あいつといた時は、屋上から見渡す景色がすごく綺麗に見えた。でも今は、全然綺麗に見えない。喧嘩してる人やホームレスの人ばかり目に付く。
 俺はあいつに絆されている。あまりにも滑稽なほどに。

「……はぁ、どうしよ」

「浮かない顔してどうした」
 誰かが、コーヒーの缶を頬に当ててきた。驚いて横を見ると、従兄で姉の彼氏の爽月さんがいた。葬式の時、俺の首を絞めた人だ。
 外ハネした黒髪に、少し吊り上がった生意気そうな瞳をした爽月さんは、俺を見て、余裕そうに笑った。
「何でここにいるんですか!」
 俺は慌てて爽月さんから離れる。
「そんな急に離れなくても、別に殴ったりしねぇよ」
 そう言って、爽月さんは右手で持っていた缶コーヒーをもう片方の手に持ち替えて、呆れたように笑った。

「……何しに、来たんですか。まさか、俺を殺しに来たんですか?」
 青ざめた顔をして、俺は爽月さんを(いぶか)しむ。
「はぁー。わざわざフランスまでお前を殺しに行く馬鹿が何処にいんだよ」
 ため息を吐き、肩を落として爽月さんはいう。
「……しそうですもん、爽月さんなら」
「……まぁ、紫苑が死んだばっかの時の俺ならな。俺、もうお前のこと恨んでないよ。今日は謝りに来たんだ。……本当に、申し訳なかった」
「えっ」
「本当にすまなかった。……謝って許されることじゃないと思ってる。それでも、言わなきゃダメだと思ったんだ」
 爽月さんは深く頭を下げる。

「……頭、打ちました?」

 爽月さんは眉間に皺を寄せる。

「お前な、この俺がわざわざ家にあったお前の書類見て病院調べてフランスまで来てやったっていうのに、つまんねぇ冗談いってんじゃねぇよ」
 俺にデコピンをして、爽月さんは笑う。
「わっ」
「病院行ったらいねぇし、本当にここくるまで大変だったんだからな?」
 笑いながら、爽月さんは憎まれ口を叩く。
「……すいません」
「ま、ここ病院の屋上だからすぐ会えたし? それに、来たのは俺が行かなきゃダメだと思ったからだし、別にいいけどな」
「……何で謝りに来てくれたんですか」
「……もう紫苑が死んでから二年半だろ。最近、アイツが死んだのやっと受け入れられるようになってさ、それで思ったんだよ。お前に酷いことしたなって。俺あの時本当に余裕なくてさ、お前に当たるしかなかったんだよ。悪いのはあいつらを引いたクソ野郎なのに、本当にすまなかった」
「……遅すぎますよ。あんたのせいで、俺がどんだけ苦しんだと思ってるんですか」
 俺が死のうとした原因はこの人だと言っても過言ではない。もちろんいじめもあるけれど、爽月さんにお前が死ねばよかったんだって言われてなければ、俺は自殺していない。
「ああ、わかってるよ。だから許せなんて言わないし、許してくれるとも思ってない。これは自己満みたいなもんなんだと思う。でも、どうしても言いたかったから。本当にごめんな」
 爽月さんは俺の頭を撫でる。
「……俺は、爽月さんのこと許しませんよ」
「許さなくていい。俺が言いたかっただけだからな」
 そういって、爽月さんは笑った。

「……なんで、ここまで来てくれたんですか。俺が日本に帰ってからでもよかったじゃないですか」
 凄い自分勝手で、虫がよすぎると思った。でも、フランスまで来てくれたのに、興味が湧いた。なんでそこまでしたのか、気になった。

「俺、もう大学生だからな。留学したいとでも言えば、海外は簡単に行けるんだよ。日本だと、紫苑に線香あげに行くだけだとしても、お前に会っても話すんじゃねぇって親に釘刺されるからな。病院にいくのなんて無理だ。それに、もう一つ用事もあったからな」
 そういい、爽月さんは肩に掛けていたショルダーバッグから、見覚えのある白いラッピングされた箱を取り出す。 
 ――まさか。
「お前の親友だと名乗る奴から預かってきた。高校生のくせに髪が青くて、吊り目の」
 間違いなく、あづのことだった。
 震える手で箱を受け取り、中身を取り出す。
 中には、やはり、あの日捨てたハズのスマホが入っていた。
「……病院で暇してるだろうし、やるって。あと、伝言。まだ待ってるって」
 それは、あまりに優しすぎる嘘の言葉と、伝言だった。
 きっとあづは、穂稀先生がゴミ箱から拾って家に持って帰った俺のスマホを見つけて、すごい葛藤したのだろう。俺に返すか、返さないか。三年も悩んで、渡すのを決めたんだ。

 それだけで、十分だった。

 それがわかっただけで、長考してるのが馬鹿らしくなった。何難しく考えているんだ。そんな必要、なかったのに。
 ――帰ろう。帰らないと、ダメだ。
 こんな健気に待ってくれているのに、帰らないなんてダメだ。
 四か月でどうにかするのなんて、無謀なのだろう。それでも、やるだけやってみよう。うまくいくか分からないけれど。

「爽月さん、相談乗ってもらえませんか」
 俺はそれから、爽月さんにあづのことを話した。

 爽月さんにあづのことを話し終える頃には、すっかりお昼になっていた。
 爽月さんは相槌を打ちながら話を聞いてくれた。真面目に聞いてくれると思ってなかったから、少し驚いた。
 俺はこの人の謝罪が本気なのかそうでないのかわからない。自分を殺そうとした人間を信じるなんて無理な話だ。それでも、真面目に聞いてくれるなら、ちゃんと相談してみようと思った。
 謝罪が嘘かどうかは、二の次だ。フランスまで来てくれたんだし、本心で言ったんだと思いたいけれど。

「虐待ねぇ……。本当に、この世にはろくな親がいないな」
 そういい、爽月さんは飛び降り防止の柵に寄りかかって、煙草をふかした。
「奈々絵、これ、見ろよ」
 爽月さんは服をめくり上げて、腹を俺に見せる。
「えっ」
 腹に煙草をおしつけられたような跡が、ニ、三箇所あった。
「……飛行機乗る日、家出る前に忘れ物ないか調べてたら、フランス行きのチケットバックに入れてたはずなのになくてさ。……父親が庭でライターで燃やしてたんだよ。留学するっていったけど、どこかはいってなかったから、不審に思ったんだろうな。何してんだよっていったら殴られて、吸ってた煙草押し付けれた。それで俺はすぐに家出て、チケット買い直してここまで逃げて来たんだよ」
 言葉を失った。
 そんなの完全に虐待だ。しかも、俺が原因なんて、嫌すぎるだろ。
「……飛行機乗る前、お前に会いに行くかどうか凄い迷ったよ。でも、俺は親父やおふくろと同じように紫苑が死んだのをずっとお前のせいにしてんのは絶対嫌だと思った。だから来たんだ。……お前に受け入れられてなかったら、きっと死んでたよ俺」
 何も言えなかった。
 辛すぎて、聞いてるこっちが息をするのも忘れそうになるくらいだった。

「……虐待って、そういうこと考えちまうくらい辛いんだよ。でも、誰にも話せねぇの。いじめだったらまだ良くある話だし、いいやすいと思う。でも、他人にされてるならまだしも、実の親にさんざん殴られたり蹴られたりしてるなんて、言いづらいんだよ。別にいじめより虐待の方が辛いって言ってんじゃねえよ? でも、誰でも最初から親のこと嫌いじゃないだろ。そりゃ、生まれた直後の二、三歳の時からやられたなら親が嫌いかもしんないけどさ、そうじゃなければ、色々考えちまうんだよ。何でされてんのかとか、ずっとこのままなのか。自分に原因があるなら、それ直せば暴力振るわれなくなんじゃないかとか。……お前もイジメられてた時、色々考えてただろ。それと似たようなもんだよ。だから、それ理解してやれ。理解したつもりでいても、話してくれないの辛くて、沢山喧嘩しちゃうかもしんねぇけどさ、何回喧嘩してもいいから、死ぬまでそばによりそってやれよ」

「……はい」
 涙を流しながら、俺は頷いた。

「お前が泣いてんじゃねぇよ。そうと決まったら、さっさと荷物まとめて帰るぞ。奈々絵、残りの人生楽しめよ。なにもかも、やりたいようにやれ」


 俺の涙を拭って、爽月さんは笑う。

「……はい。爽月さんは、帰ったらどうするんですか」
「……大学の友達とルームシェアでもするよ。親父になんて死んでも会いたくねぇし」

 吐き捨てるみたいに、爽月さんは言う。

「……あの、爽月さん」
「ん?」

「……俺と一緒に暮らしませんか。姉ちゃんの部屋か俺の両親の部屋使うことになっちゃいますけど。俺、先生に入院しなくてもいいって言われたんですよ。でも、一人で暮らすのは、怖くて」

 爽月さんは目を丸くした後、楽しそうに口角を上げて笑う。

「つまり、俺がお前の世話をしろってことか?」
「無理にとは言わないですけど」

「冗談だよ、バーカ。いいよ。面倒見てやる。……一緒に暮らすか」
「はい!」
 やっとだ。やっと、また家族みたいな人ができた。それが、俺は凄く嬉しかった。
「ふぅ。やっと着いたなー! 眠っ」
 あくびをしながら、爽月さんは飛行機から降りる。俺は何も言わず、飛行機から降りた。
 俺は退院の手続きを終え、飛行機で日本に三年ぶりに帰ってきた。もう帰ってくることなんてないと思っていたのに。

「俺、これから友達んとこに車預けてるから取り行ってそのまま車で奈々絵の家行くつもりだけど、お前どうする?」
「俺も、一緒に行きます」
「……あづのとこ行かなくていいのか?」
 怪訝そうな顔をして、爽月さんは首を傾げる。
「……だって、今どこにいるかわかんないですし」
「はぁー」
 爽月さんは大きなため息をついた後、俺のポケットからスマホを奪い取った。
「ちょっ!? 爽月さんなにするつもりですか!」
 スマホを返してほしくて、俺は右手を伸ばす。
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ。あ? これロック紫苑の誕生日じゃねぇか。シスコンかよ」
 俺の手を器用にかわし、爽月さんはスマホを操作する。
「……早く返してください」
「ん、ほら」
 何げない雰囲気を装って、爽月さんはスマホを差し出す。
 スマホには、あづとの通話画面が表示されていた。

「爽月さん、何してるんですか!」
 通話をミュートに切り替えてから、爽月さんは俺に笑いかける。
「まぁ……俺はお前がいじめとか、俺や俺の親のせいで暗くなったの知ってるし、今更それを直せとも、俺らを信用しろともいわねぇけどさ、そいつのことは信じてやれよ。救うって決めたんだろ?」
「でっ、でも、そんなのありがた迷惑かもしれませんし」
 「アホか。虐待されて嬉しい人間なんかいるわけねぇだろ」
 俺の頭にチョップをして、 爽月さんは言う。
「でも、俺、救う前に死ぬかも」
「うるっせえな! 仮にそうなったら、後のことは他の奴に頼めばいいだろうが」
 俺の言葉を亘って投げやりにいい、爽月さんはミュートを解除してから、スマホを俺の顔に向かって投げる。
「うわっ」
 俺は思わず顔の前に右手をやり、スマホを受け取る。そんな俺を見て、爽月さんは〝それが答えだ〟とでもいわんばかりに、満足そうに笑った。

《奈々絵? お前今どこにいんだよっ⁉》
 耳をスマホにあてた瞬間、そう大声で言われた。
「……空港にいるけど」
《空港? ……海外いるってマジだったんだな。お前さ、どこ行くかくらい言ってからいなくなれよ! 俺日本中の病院に電話かけたんだからな?》
「探してたのか……?」
《ああ、そうだよ。待ってるとは言ったけど、お前三年も平気で待たせるし。そんなに長い間大人しく待てるわけねーだろ!》

「……ごめん」
 何で捨てないんだよ。
 待つのが嫌なら、捨てればいいのに。なんでその選択肢はないんだ。なんで日本中の病院に電話かけたりするんだ。なんでそんなに真っ直ぐなんだよ。

《ん。まぁ、別にいいけどさ。また話せたし》
「……爽月さんとは、いつ知り合ったんだ?」
《んー、一週間くらい前だな。どんだけ電話しても見つかんねぇから、母さんに奈々どこにいんのかダメ元で聞きに行こうと思って、前奈々が入院してた長谷川病院行ったら会った》
 ん? 病院で会ったのか?
 爽月さん、俺のこと知りたくてわざわざ病院まで行ったのか? そんなこと一言も言ってなかったけど。
 何か不自然だな。あづが嘘を言ってるわけではないのだろうが、どうも辻褄(つじつま)が合わない。

《奈々? どうした?》
 まぁ、そんなに深く気にすることでもないか。

「いや……何でもない」
 首を振って俺はいった。

《そうか? ならいいけど。それにしても、奈々と爽月さんって似てるよな! 二人とも二重のとことか、背がそんなに高くないとことか、他にも色々! 見た目すげーそっくりだよな! 違うの雰囲気とか、髪型くらい》
 楽しそうにハイテンションで笑って、あづは言う。

「……そうか?」
《ああ、似てる! それで俺気づいたし‼》
「……嬉しくねぇ」

《アハハ! ……で? 後ろめたくはなくなったのか?》
「……全然なってねぇよ。爽月さんはもう俺が姉殺したと思ってないみたいだけど、他の奴らはまだ思ってるだろうし、それ考えるとすげぇ嫌になるよ。……でも、お前の気持ちには答えてやりたいと思った。お前が俺が他人にどう思われてようと、俺と一緒にいたいって思ってくれてんのよく分かったから」
《わかんのくそおせぇよ。マジで俺じゃなかったらこんなに待ってねぇからな? 感謝しろよ》
 呆れたように笑ってあづは言う。

「……ああ、そうだな。ありがとな」

《えっ。冗談のつもりで言ったんだけど》

「……そうだろうけど、実際三年も待つ奴なんてなかなかいないと思うから。ありがとう」
《やけに素直じゃん? 明日雪でも降んじゃねぇの?》
「アハハ! 降るかもな!」
 声をあげて笑う。 

 嬉しかった。

 三年ぶりの会話なのに、前と同じように、何一つ態度を変えず楽しそうに話してくれているのが、どうしようもなく嬉しかった。
 あづの暖かさに救われた。心の底からほっとして、胸が熱くなった。
 ……生まれて初めてできた友達が、こいつでよかったな。今更そんなことを思う。
 ……頑張ろう。どこまでやれるかわからないけれど。救えないかもしれないけれど、やるだけやってみよう。

 ……きっとそれが、俺に生きたいって思わせてくれたあづへの恩返しになるから。

《じゃ、奈々、潤達と一緒に病院の前で待ってっから。早く来いよ。来ないと絶交だからな?》
 絶交する気なんてどうせ少しもないくせに。そう思いクスッと笑ってから、俺は頷く。
「ああ、行くよ」
《おう! 早く来いよ! じゃあな!》
 声を出して頷き、俺は通話を切った。


「うんうん、よくできました」
 俺の頭を撫でて、得意げに爽月さんは言う。
「……誰目線ですか。ウザいんですけど」
 俺は爽月さんに覚めた目を向ける。
「ひっど! そんなん従兄目線に決まってんじゃん?」
「はぁ……。ありがとうございます」
 あきれながら俺は言う。
「素直でよろしい! じゃ、車取りに行くぞ! あづがいるとこまで送ってやるよ」
 嬉しそうに笑って、爽月さんはいう。
「はい!」

 それから俺たちは爽月さんの友達の家に、二人で車を取りに行った。
 爽月さんの友達と五分くらいで分かれ、返してもらった車に二人で乗る。
 爽月さんが運転席に座り、俺が助手席に座った。

「奈々絵、お前さ、あいつらと会ったら何がしたい?」
 爽月さんが、首をかしげて聞いてくる。

「何がしたいですか」
 助手席に座って俺は言う。

「そー。虐待やめさせるっつてもさ、大事なのはその過程だろ? そいつがお前に話せるようになるきっかけを作んなきゃな。そのためには、やっぱまずはそいつと楽しく遊ぶのが一番だろ」

「楽しく、遊ぶ」

「そう! それで心開いてもらうんだよ。何でも話せるって思われるくらい仲良くなんの! 何かねぇの? やりたいこと」

 歯を出し、片手を銃の形にして、楽しそうに笑いながら爽月さんはいう。

「……えっと、動物園行きたいです。あいつ行ったことなさそうですし。あと海とか、ゲーセンとか」

「へえー。他には?」

「学校通いなおしたいです。それで、四人で寄り道したいです。クレープ屋とか、服屋とかに買い物に行きたいです」
「それは制服着て遊びたいってことか? そうか、わかった。なんとかしてやるよ」

「何とかって、何ですか」

「……俺が説得する。お前、私立じゃなくていいだろ? 都立なら、通わせてくれるんじゃねぇの。死ぬまでなら金もあんまかかんねぇし」
「……! ありがとうございます」
 目を見開いて、俺はお礼を言う。
 そんなこと言ってくれるなんて思ってなかったから、とても驚いた。

「別に。ずっと許してなかった詫びにするだけだから」
 頬を赤くし、照れながら爽月さんはいう。

「爽月さんって、案外いい人ですよね」
「……俺は元からいい人だ。なんてったって紫苑が選んだ男だからな」

 誇らしげに爽月さんは言う。

「それ、自分で言います?」
 俺は呆れたように少しだけ笑う。

「うっせ。ほら、着いたぞ。入口にいんのあづ達じゃねぇの?」

 病院の前につくと、あごで入り口を示して爽月さんは言う。入り口の前に、あづと潤と恵美がいた。

「ほら、これ持ってさっさと降りろ。スーツケースは家に運んどいてやるから」

 爽月さんは後部座席に置いてあった薬とペットボトルの水とスマホが入ったトートバックを掴むと、それを笑って手渡してくる。

 俺はそれを受け取ることもできず、助手席から動くこともできない。

「……早くいかねぇと、あづがすねるぞ」

「本当に、行っていいんですか」

「……迷ってんなら、行かないと後悔するぞ。俺が言えんのはそれだけだ」
 俺はバッグを受け取って肩にかけると、車のドアを開けた。