死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。


 風に当たってから病室に戻ると、アビラン先生がいた。
 アビラン先生は写真を手に持ち、物思いにふけっている。何の写真か気になり覗き込むと、若い穂稀先生と青い髪の男の人と、赤ん坊が映っていた。

 なんでアビラン先生がそんな写真を持っているんだ。

 ――まさか、アビラン先生が空我の父親なのか? 

〝生き写しかってくらい父親に似てるらしい〟
 かつてあづが言っていた言葉が、頭を過った。
 あづと同じ吊り上がった瞳、細身の身体。他にも、髪が茶色いこと以外は、全てあづにそっくりだ。……間違いない。この人は、あづの父親だ。正真正銘、血の繋がった。
 なんで今まで気づかなかったんだ。穂稀先生は医者なんだ。それなら、あづの本当の父親が医者でも何も不思議ではないのに。考えないようにしていたからだろうか。この三年間、俺はあづのことが頭によぎるたびに、それを無理やり振り払ってきた。そのせいで気づかなかったのか。

 ……あづ、お前は一体どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ。三年前、俺はお前をさんざん悩んで捨てたんだぞ。それなのに、今度は父親が会いに来るのか。
 でも、ちょうどいいのかもしれない。
 俺はどうせ死ぬんだ。それなら、この父親にあづのことを頼んでしまえばいい。俺じゃあづを救えないから。俺は決めたんだ。ここで独りで死ぬって。それなら、後はこの父親に任せればいい。

「……先生は、空我の父親ですか」
 わざと日本語で言う。本当に穂稀先生の夫であづの父親なら、日本語が話せるハズだと思ったから。
「赤羽くん? 戻ってきてたのか。気づかなくてすまない」
 日本語で先生は言った。
「……質問に答えてください」
「僕は空我という名の子を知らない。穂稀がこの子を産んだ後、僕はすぐにフランスに戻ったんだ。ただ、穂稀がこの子を空我と名付けたなら、僕は確かに彼の父親だ」
 目を見開く。
「なんでフランスに戻ったんですか」
「大学生で日本に留学をしていた時、穂稀と知り合った。知り合った時、彼女はすでに他の男と結婚していた。それでも、僕は彼女に恋をして、穂稀も僕を好きになりかけていたと思う。でも穂稀は旦那を裏切れないから、もう会うのはやめにしようと言ったんだ。それで僕と穂稀は、別れる日の前日、これで最後だと思って一夜を明かした。そしたら、穂稀が妊娠してしまった。それで空我が産まれたんだ。もちろん僕は穂稀と彼を育てたかった。それでも穂稀が旦那と別れる気がないなら、僕は去るしかなかった」

 線が繋がっていく気がした。

 不倫で産まれた子供なら、確かに虐待するのかもしれない。

 自分の子でないと旦那に気づかれたくないのに、そんな気持ちとは裏腹にアビラン先生に似ていくあづを見て、ちゃんと育てるのが嫌になったのだろうか。

 産もうと決めたのは、自分だというのに。

 あづが二人暮らしだといったのは、不倫で生まれた子供なのを隠したかったからか。三人暮らしだけど、一緒に暮らしてる父親は本当の父親でないなんて言ったら、不倫を疑われて当たり前だ。

「……先生、今すぐ日本に帰って、空我に会いにいってやってください。あいつは、母親に虐待されてます。だから、今すぐに帰って、あいつを守ってやってください」

「穂稀が、虐待? そんなことするわけ……」

「してます。空我は、腕や頭。とにかく、身体中に痣があります。助けに行ってやってください」

 俺は必死で頭を下げる。

「……仮にされていたとして、君は空我の何なんだ。なんで君がそんなことを知っている?」
「……お、れは」
 声が震えた。
 俺は空我の友達などではない。友達を名乗る資格が、俺にはない。俺はあいつのなんなんだ。

「……俺は、空我の知り合いです」

「知り合いの君が、何故そんなことを知っている? 君が知り合いだと思っていても、空我はそう思ってないんじゃないか? だから君に虐待のことを話したんじゃないのかい?」
「……虐待されてるってのは俺の予測です。でも十中八九そうだと思います。……後、確かに空我は、俺を今も友達だと思っていると思います。それは否定しません。でも、俺はあと四か月で死ぬので。たかが四か月であいつを虐待から救えるとは思えません。だから先生に頼んでるんです。お願いします。あいつを助けに行ってやってください」
 俺は必死で頭を下げた。
「……それは、できない」
「は?」
「……穂稀は説得するよ。電話して、空我のことを聞いて、優しくするように言う。でも、それしかできない。僕は患者を守らなければならないからね」
「ふざけんな! 確かにアンタは医者だ。でも医者である前に、空我の父親だろ!」
 右手で先生の胸倉を思いっきり掴んで、声が枯れる勢いで叫んだ。
「……ああ、確かに僕は空我の父親だ。しかし、僕は患者を守らなければならない。僕が治療しないと助からない患者が何人もいるんだ。それを投げ出すことはできない」 
「……そいつらの代わりに空我が虐待のせいで殺されてもですか」
「それは……」
 ばつが悪そうに、先生は顔を伏せる。
「……もういいです。吐き気しますよ、心底。偽りの愛ほど残酷なものはない。貴方も、穂稀先生も最低だ。俺の親戚と同類だ」
 今の会話だけで、もう十分だ。こいつがあづを救ってくれるわけがない。

「……偽りの愛か。君が空我に向けているのも、それなんじゃないか」
「俺はッ!」
 違うとは、言えなかった。
 俺はあいつを騙したことなんて一度もない。でも、旗から見れば、そう見えるのだろうか。仲良くしたくせに、手を離して。そんなの旗から見れば裏切りで、偽りの愛なのか? 
 そうだとしたら、俺は親戚と同じことをしているのか? 手の平返しのように姉が死んだ途端冷たくされて、死ねって言われて、凄い傷ついた癖に。
 酷いことをした自覚はあった。でも、親戚と同じだなんて思いもしなかった。

 どうしたらいい。

 助けに行けばいいのか。
 でも、たかが四か月で、助けられるのか? それに、俺といたら、空我は本当に親戚に殺されるのではないか?
 嫌な予感しかしない。やっぱり俺は、あいつと一緒にいない方がいい……。
「僕は患者を助けなければならないという理由がある。でも君が空我を助けに行こうとしないのは、彼と向き合うのが怖いからじゃないか」
 胸ぐらから手を離し、顔を伏せる。
「……さい。うるさい! あんたに俺の何が分かる! どうせ身内に死ねって言われたことも、殺されかけたこともないくせに! そんなんだから、簡単にあづを助けられないって言えるんだ!」
 思いのまま叫び散らす。本当に、ムカつく。自分も助ける気がないくせに、説教してくるなんて。
「……ああ、そうかもしれないね。でも、そう言われてきた君なら、分かるんじゃないのかい。穂稀に酷い扱いを受けて、君にも傷つけられた空我の気持ちが」
「ああ、わかるよ。嫌になるくらいな! 俺が助けられんなら助けてぇよ! 一生、笑ってあいつと生きていきてぇよ! でも、俺といたら、アイツは絶対もっと不幸になる。最悪、親戚に殺されるかもしれない」
「赤羽くん、一体誰が、彼を殺すって言ったんだい」
「えっ」
「誰も言ってないのだろう。それなら、君の好きにしたらいい。もし本当に親戚が彼を殺しに来たら、君が彼を守ればいい」
「ハッ。……病人に、守れるわけないじゃないですか。腕だって動かないのに」
「じゃあ、このまま死ぬまで空我に会わなくていいと、君はそう本気で胸を張って言えるのか?」
 言えるわけがなかった。
 そんなことが言えるなら、こんな言い合いになっていない。
 

 先生から逃げるように病室を出て、廊下に飛び出す。 
 「赤羽くん!!」
 先生の声を無視して歩く。
 ムカつく。ムカつく。ムカつく。
「あー! くっそ……っ!」
 屋上に行って、俺は自分の髪をグシャグシャした。
 俺は、悲しいくらいあの人の言う通りだ。……だって、俺といてあいつにいいことなんか起きない。俺が死んだらあいつは絶対泣くし、親戚だって、あいつを酷い目に合わせるかもしれない。
 それなのに会いたいなんて、ただのわがままだ。
 確かに俺は逃げているだけなのかもしれない。でも、それが最良の選択だとしか思えない。
「……四か月で救えたら苦労しねぇだろ」
 俺のいじめは、四か月なんかでは解決しなかった。それなのに虐待を四か月で解決するなんて無理だ。
 いつから狂ってしまったのだろう。いつから、あいつを大切に思うようになってしまったのだろう。
 他人なんて、どうでもよかったハズなのに。
 真面目に生きる気も、人生を楽しむ気もなかったのにどんどん楽しくなっていってしまった。
 四か月でも、俺は生きたい。あづや潤と笑って生きたい。動物園言ったり、ゲーセン行ったりして。でも、俺にはそんな資格ない。
 それに、俺は怖いんだ。あづが今も俺を待っているのか確かめるのが。あづは俺を受け入れてくれると思う。でも、もし愛想をつかしていたらと思うと、会うのが怖くてたまらない。

 俺は本当に全然吹っ切れていない。
 悩むたびに屋上に来るのは、あづと一緒に行ったあの屋上からの景色が忘れられないからだ。
 あいつといた時は、屋上から見渡す景色がすごく綺麗に見えた。でも今は、全然綺麗に見えない。喧嘩してる人やホームレスの人ばかり目に付く。
 俺はあいつに絆されている。あまりにも滑稽なほどに。

「……はぁ、どうしよ」

「浮かない顔してどうした」
 誰かが、コーヒーの缶を頬に当ててきた。驚いて横を見ると、従兄で姉の彼氏の爽月さんがいた。葬式の時、俺の首を絞めた人だ。
 外ハネした黒髪に、少し吊り上がった生意気そうな瞳をした爽月さんは、俺を見て、余裕そうに笑った。
「何でここにいるんですか!」
 俺は慌てて爽月さんから離れる。
「そんな急に離れなくても、別に殴ったりしねぇよ」
 そう言って、爽月さんは右手で持っていた缶コーヒーをもう片方の手に持ち替えて、呆れたように笑った。

「……何しに、来たんですか。まさか、俺を殺しに来たんですか?」
 青ざめた顔をして、俺は爽月さんを(いぶか)しむ。
「はぁー。わざわざフランスまでお前を殺しに行く馬鹿が何処にいんだよ」
 ため息を吐き、肩を落として爽月さんはいう。
「……しそうですもん、爽月さんなら」
「……まぁ、紫苑が死んだばっかの時の俺ならな。俺、もうお前のこと恨んでないよ。今日は謝りに来たんだ。……本当に、申し訳なかった」
「えっ」
「本当にすまなかった。……謝って許されることじゃないと思ってる。それでも、言わなきゃダメだと思ったんだ」
 爽月さんは深く頭を下げる。

「……頭、打ちました?」

 爽月さんは眉間に皺を寄せる。

「お前な、この俺がわざわざ家にあったお前の書類見て病院調べてフランスまで来てやったっていうのに、つまんねぇ冗談いってんじゃねぇよ」
 俺にデコピンをして、爽月さんは笑う。
「わっ」
「病院行ったらいねぇし、本当にここくるまで大変だったんだからな?」
 笑いながら、爽月さんは憎まれ口を叩く。
「……すいません」
「ま、ここ病院の屋上だからすぐ会えたし? それに、来たのは俺が行かなきゃダメだと思ったからだし、別にいいけどな」
「……何で謝りに来てくれたんですか」
「……もう紫苑が死んでから二年半だろ。最近、アイツが死んだのやっと受け入れられるようになってさ、それで思ったんだよ。お前に酷いことしたなって。俺あの時本当に余裕なくてさ、お前に当たるしかなかったんだよ。悪いのはあいつらを引いたクソ野郎なのに、本当にすまなかった」
「……遅すぎますよ。あんたのせいで、俺がどんだけ苦しんだと思ってるんですか」
 俺が死のうとした原因はこの人だと言っても過言ではない。もちろんいじめもあるけれど、爽月さんにお前が死ねばよかったんだって言われてなければ、俺は自殺していない。
「ああ、わかってるよ。だから許せなんて言わないし、許してくれるとも思ってない。これは自己満みたいなもんなんだと思う。でも、どうしても言いたかったから。本当にごめんな」
 爽月さんは俺の頭を撫でる。
「……俺は、爽月さんのこと許しませんよ」
「許さなくていい。俺が言いたかっただけだからな」
 そういって、爽月さんは笑った。

「……なんで、ここまで来てくれたんですか。俺が日本に帰ってからでもよかったじゃないですか」
 凄い自分勝手で、虫がよすぎると思った。でも、フランスまで来てくれたのに、興味が湧いた。なんでそこまでしたのか、気になった。

「俺、もう大学生だからな。留学したいとでも言えば、海外は簡単に行けるんだよ。日本だと、紫苑に線香あげに行くだけだとしても、お前に会っても話すんじゃねぇって親に釘刺されるからな。病院にいくのなんて無理だ。それに、もう一つ用事もあったからな」
 そういい、爽月さんは肩に掛けていたショルダーバッグから、見覚えのある白いラッピングされた箱を取り出す。 
 ――まさか。
「お前の親友だと名乗る奴から預かってきた。高校生のくせに髪が青くて、吊り目の」
 間違いなく、あづのことだった。
 震える手で箱を受け取り、中身を取り出す。
 中には、やはり、あの日捨てたハズのスマホが入っていた。
「……病院で暇してるだろうし、やるって。あと、伝言。まだ待ってるって」
 それは、あまりに優しすぎる嘘の言葉と、伝言だった。
 きっとあづは、穂稀先生がゴミ箱から拾って家に持って帰った俺のスマホを見つけて、すごい葛藤したのだろう。俺に返すか、返さないか。三年も悩んで、渡すのを決めたんだ。

 それだけで、十分だった。

 それがわかっただけで、長考してるのが馬鹿らしくなった。何難しく考えているんだ。そんな必要、なかったのに。
 ――帰ろう。帰らないと、ダメだ。
 こんな健気に待ってくれているのに、帰らないなんてダメだ。
 四か月でどうにかするのなんて、無謀なのだろう。それでも、やるだけやってみよう。うまくいくか分からないけれど。

「爽月さん、相談乗ってもらえませんか」
 俺はそれから、爽月さんにあづのことを話した。

 爽月さんにあづのことを話し終える頃には、すっかりお昼になっていた。
 爽月さんは相槌を打ちながら話を聞いてくれた。真面目に聞いてくれると思ってなかったから、少し驚いた。
 俺はこの人の謝罪が本気なのかそうでないのかわからない。自分を殺そうとした人間を信じるなんて無理な話だ。それでも、真面目に聞いてくれるなら、ちゃんと相談してみようと思った。
 謝罪が嘘かどうかは、二の次だ。フランスまで来てくれたんだし、本心で言ったんだと思いたいけれど。

「虐待ねぇ……。本当に、この世にはろくな親がいないな」
 そういい、爽月さんは飛び降り防止の柵に寄りかかって、煙草をふかした。
「奈々絵、これ、見ろよ」
 爽月さんは服をめくり上げて、腹を俺に見せる。
「えっ」
 腹に煙草をおしつけられたような跡が、ニ、三箇所あった。
「……飛行機乗る日、家出る前に忘れ物ないか調べてたら、フランス行きのチケットバックに入れてたはずなのになくてさ。……父親が庭でライターで燃やしてたんだよ。留学するっていったけど、どこかはいってなかったから、不審に思ったんだろうな。何してんだよっていったら殴られて、吸ってた煙草押し付けれた。それで俺はすぐに家出て、チケット買い直してここまで逃げて来たんだよ」
 言葉を失った。
 そんなの完全に虐待だ。しかも、俺が原因なんて、嫌すぎるだろ。
「……飛行機乗る前、お前に会いに行くかどうか凄い迷ったよ。でも、俺は親父やおふくろと同じように紫苑が死んだのをずっとお前のせいにしてんのは絶対嫌だと思った。だから来たんだ。……お前に受け入れられてなかったら、きっと死んでたよ俺」
 何も言えなかった。
 辛すぎて、聞いてるこっちが息をするのも忘れそうになるくらいだった。

「……虐待って、そういうこと考えちまうくらい辛いんだよ。でも、誰にも話せねぇの。いじめだったらまだ良くある話だし、いいやすいと思う。でも、他人にされてるならまだしも、実の親にさんざん殴られたり蹴られたりしてるなんて、言いづらいんだよ。別にいじめより虐待の方が辛いって言ってんじゃねえよ? でも、誰でも最初から親のこと嫌いじゃないだろ。そりゃ、生まれた直後の二、三歳の時からやられたなら親が嫌いかもしんないけどさ、そうじゃなければ、色々考えちまうんだよ。何でされてんのかとか、ずっとこのままなのか。自分に原因があるなら、それ直せば暴力振るわれなくなんじゃないかとか。……お前もイジメられてた時、色々考えてただろ。それと似たようなもんだよ。だから、それ理解してやれ。理解したつもりでいても、話してくれないの辛くて、沢山喧嘩しちゃうかもしんねぇけどさ、何回喧嘩してもいいから、死ぬまでそばによりそってやれよ」

「……はい」
 涙を流しながら、俺は頷いた。

「お前が泣いてんじゃねぇよ。そうと決まったら、さっさと荷物まとめて帰るぞ。奈々絵、残りの人生楽しめよ。なにもかも、やりたいようにやれ」


 俺の涙を拭って、爽月さんは笑う。

「……はい。爽月さんは、帰ったらどうするんですか」
「……大学の友達とルームシェアでもするよ。親父になんて死んでも会いたくねぇし」

 吐き捨てるみたいに、爽月さんは言う。

「……あの、爽月さん」
「ん?」

「……俺と一緒に暮らしませんか。姉ちゃんの部屋か俺の両親の部屋使うことになっちゃいますけど。俺、先生に入院しなくてもいいって言われたんですよ。でも、一人で暮らすのは、怖くて」

 爽月さんは目を丸くした後、楽しそうに口角を上げて笑う。

「つまり、俺がお前の世話をしろってことか?」
「無理にとは言わないですけど」

「冗談だよ、バーカ。いいよ。面倒見てやる。……一緒に暮らすか」
「はい!」
 やっとだ。やっと、また家族みたいな人ができた。それが、俺は凄く嬉しかった。
「ふぅ。やっと着いたなー! 眠っ」
 あくびをしながら、爽月さんは飛行機から降りる。俺は何も言わず、飛行機から降りた。
 俺は退院の手続きを終え、飛行機で日本に三年ぶりに帰ってきた。もう帰ってくることなんてないと思っていたのに。

「俺、これから友達んとこに車預けてるから取り行ってそのまま車で奈々絵の家行くつもりだけど、お前どうする?」
「俺も、一緒に行きます」
「……あづのとこ行かなくていいのか?」
 怪訝そうな顔をして、爽月さんは首を傾げる。
「……だって、今どこにいるかわかんないですし」
「はぁー」
 爽月さんは大きなため息をついた後、俺のポケットからスマホを奪い取った。
「ちょっ!? 爽月さんなにするつもりですか!」
 スマホを返してほしくて、俺は右手を伸ばす。
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ。あ? これロック紫苑の誕生日じゃねぇか。シスコンかよ」
 俺の手を器用にかわし、爽月さんはスマホを操作する。
「……早く返してください」
「ん、ほら」
 何げない雰囲気を装って、爽月さんはスマホを差し出す。
 スマホには、あづとの通話画面が表示されていた。

「爽月さん、何してるんですか!」
 通話をミュートに切り替えてから、爽月さんは俺に笑いかける。
「まぁ……俺はお前がいじめとか、俺や俺の親のせいで暗くなったの知ってるし、今更それを直せとも、俺らを信用しろともいわねぇけどさ、そいつのことは信じてやれよ。救うって決めたんだろ?」
「でっ、でも、そんなのありがた迷惑かもしれませんし」
 「アホか。虐待されて嬉しい人間なんかいるわけねぇだろ」
 俺の頭にチョップをして、 爽月さんは言う。
「でも、俺、救う前に死ぬかも」
「うるっせえな! 仮にそうなったら、後のことは他の奴に頼めばいいだろうが」
 俺の言葉を亘って投げやりにいい、爽月さんはミュートを解除してから、スマホを俺の顔に向かって投げる。
「うわっ」
 俺は思わず顔の前に右手をやり、スマホを受け取る。そんな俺を見て、爽月さんは〝それが答えだ〟とでもいわんばかりに、満足そうに笑った。