飛び出していかないよう、話しかける。

「つごもりさん、あの人は、悪い人ではないです」

「でも、この家、取り壊すって、言っている。絶対、悪い奴」

 昔からある家を取り壊して、リゾート地にするというのは、突拍子もない考えだ。
 土地の契約を解除しないと表明しているのは、きっと私達だけではないだろう。

「犬の姿に戻って、ちょっと噛んでみる。そうしたら、ここに来なくなるかも」

「ちょっとでも、噛みつくのはダメです」

「だったら、服をビリビリに、破いてやる」

「それもダメですよ」

 良夜さんとつごもりさんは“人”ではない。“狛犬”だ。
 普段、仲良く暮らしていても、異なる考えを持った存在であると、感じてしまう瞬間はあった。

 私は人の理の中で生きていて、狛犬であるふたりは神使としての理の中で存在している。どうしても、わかりあえない点はあるだろう。

 今、私ができることは、ひとつしかない。

「赦せない……この家を、取り壊そうとするものは、絶対に、赦せない。やっぱり、バキバキに、噛みついて――」

 つごもりさんのほっぺを、思いっきりひっぱった。そして、強めの口調で止める。

「噛みつくのは、ダメです!!」

 つごもりさんは、素直にコクコクと頷いてくれた。わかってくれたのだろうか。すぐに、手を離す。

「すみません。痛かったですよね?」

「でも、俺が噛んだら、もっと痛い?」

「そうですね。痛いです。人は、牙がありません。代わりに、話し合うんです」

「うん」