閉店後、ぼんやりしていたらつごもりさんより『夕食の支度ができた……みたい』と声がかかる。扉を開くと、短毛の黒い犬が顔を覗かせる。
『具合が悪い?』
「いえ、大丈夫です」
暗い気持ちになっていたが、つごもりさんは背中にゆりかごを背負っていて、その中に赤ちゃんの姿になった満月大神が寝かされていた。
愛らしい笑顔を、にこーっと私に向けてくれた。 あまりの可愛さに、憂鬱な気持ちが吹き飛んでしまう。
台所へ向かうと、悔しそうにグルグル唸っている良夜さんを発見した。
『せっかく料理は完成させたのに、盛り付けができないなんて!!』
料理の途中に犬化してしまったらしい。ちなみに、つごもりさんは裸にゆりかごを背負った状態で、犬化を待機していたのだとか。
「は、裸で待機、ですか!?」
思わず、笑ってしまった。
『犬化したら、ゆりかご、背負えないから』
「ですよね」
ちなみに赤ちゃん姿の満月大神は、つごもりさんが伏せの姿勢で待機していたら、ゆりかごの中に入ってくれたらしい。なんてできる赤ちゃんなのか。
ここで、ふと気付く。今日の夕食は、私しか食べないことに。
調理台を覗き込むと、なんと、ローストビーフがあった。こんなの、クリスマスで家誕生日などの特別な日しか食べないだろう。付け合わせに、フライドポテトまである。至れり尽くせりだ。
「良夜さん、もしかして、私のためだけに作ってくれたのですか?」
『あなたのためだけではありませんよ。明日の朝食に、満月大神にローストビーフ丼をお出しするための、ついでです!』
良夜さんはもふもふの尻尾を左右に振りながら、早口でまくし立てていた。
照れ隠しというのは、一目瞭然であった。
「それにしても、朝からローストビーフ丼……!」
『満月大神は、ステーキでもラーメンでも、朝から食べられる強靱な胃をお持ちです』
「さすが、神様です」
良夜さんは洋食が得意で、フランス料理からイタリア料理、ロシア料理と、さまざまな国の料理を作ってくれる。すべて、レストランレベルのものが出てくるのだ。
狛犬カフェではなく、狛犬レストランのほうが儲かるのではと、真剣に考えてしまう。
ローストビーフのソースは、タマネギと醤油、ワサビで作った和風ソースみたいだ。
『ご飯と一緒に食べるローストビーフなんです』
「さすがです!」
日本人なので、どうしてもご飯が食べたくなってしまう。その願望を叶えたローストビーフのようだ。
「では、ちょびっとだけいただきますね」
『半分はあなたの分なので、しっかり食べてくださいね』