「いや、いい。私の気のせいだろう」

 もう一度、「ふえっくしょい!」と残念なくしゃみを挟みつつ、話を続けようとする。

「あの、一回お帰りになって、温かいお風呂に入ったほうがいいかと」

「断る! そんなことを言って、また私との契約から、逃れる気だろうが!」

「契約が何か、祖母から聞いていないのですが」

「なんだと?」

 つごもりさんと良夜さんを見る。ふたりも、何も知らないとばかりに首を横に振っていた。

「契約とは、どういった内容なのでしょうか?」

「これだ」

 鷹司さんが差し出したのは、とんでもない書類だった。

「リゾート化、計画!?」

「ああ、そうだ。ここら一体を更地にして、キャンプ場を作る計画を立てている。ここはきれいな夕日と星と月が見えるすばらしいスポットだ。ここのジジババだけで楽しむには、あまりにも惜しい」

 言葉を、失ってしまう。まさかこの町に、リゾート化計画があったなんて。

「早く立ち退いてくれないと、困るのだ。来年には、工事に着手した――」

 目の前にあった書類がなくなった。鷹司さんの手から取り上げ、ぐしゃぐしゃにしたのは、つごもりさんだった。

「帰れ」

「は?」

「帰れと、言っている!」

 珍しく、大きな声で牽制(けんせい)していた。その隣に、良夜さんも並ぶ。

「この男を、あまり怒らせないほうがいいですよ。私より、凶暴ですので」

 その一言を聞いた鷹司さんは、立ち上がる。スタスタと出入り口まで歩き、振り返って捨て台詞を残した。

「また、来るからな! 覚えておけ!」

 大雨の中、走って帰っていった。

 私は情けないことに、膝の力が抜けてしまう。ガクンと、その場に頽(くずお)れてしまった。

「大丈夫ですか!?」

「え、ええ、まあ……」

 鷹司さんは大人しく帰ってくれた。けれど、リゾート化計画を諦めたわけではないだろう。どうしてこうなったのか。頭を抱え込んでしまう。

 雨は、止みそうにない。ザーザーと、降り注いでいる。

 心の中に不安が降り積もっているような、激しい雨だった。

 ◇◇◇