駅にある桜並木が、私を迎えてくれる。

 風が吹くと、桜の花びらがハラハラ散った。灰色だった私の心が、鮮やかに色づく。
 あまりの美しさに、しばしぼんやりと見入ってしまった。
 そういえば、忙しく過ごすあまり、桜をゆっくり眺める余裕なんてなかった。

 今は四月下旬――東京の桜はすっかり散ってしまったが、この辺りでは五月上旬辺りまで桜が楽しめるのだ。

 たった二時間新幹線を走らせただけで、景色は一変する。
 ビルに囲まれたどこか冷たい街並みから、田畑が広がる街並みへと。

 祖母の葬儀の日は、雨だった。けれど今日は、澄んだ青空が広がっている。
 私の新しい門出を、祝ってくれているみたいだ。

 なんて、前向きな気持ちになるのは、今だけだろう。
 現在の私は、職なし、財産なし、家族なしの状態だ。これからどうなるのか、まったく想像もできない。 

 一応、この辺りの仕事も調べてみたが――パティシエールの能力が活かされる仕事の募集はなかった。
 パティスリーは一時間車を走らせた先にある隣町にしかない。ホテルもなければ、製菓工場もなかった。

 車の免許はあるけれど、なんだか怖い。車について考えると、なぜかぶるりと震えてしまう。ペーパードライバーなので、運転に自信がなかった。車も持っていないし、通勤は現実的ではない。