低血糖というのは、血液の中のブドウ糖が低くなる状態である。糖尿病の際に飲む薬が効いた結果、低血糖を引き起こす可能性があるらしい。

「そういえば、葵お婆ちゃん、半年前に入院していて、今もお薬を飲んでいると話していました」

 においについては、マリーちゃんにしかわからないものらしい。

「これもテレビで見たんだけれど、低血糖アラート犬、という犬がいるらしい」

「低血糖アラート犬、ですか」

「そう。なんでも、低血糖状態のにおいを嗅ぎ分け、人間に教えてくれるんだ。通常は訓練した犬にしかできないが、マリーは四六時中お婆さんの傍にいたんだろう? 普段と異なる、異常なにおいだと思って、警告したのかもしれない」

 加えて、激昂したのも、低血糖に原因があるかもしれないようだ。

「人は糖分が切れると、イライラするって言うだろう?」

「確かに、耳にしたことがあります」

 ということは、現在、葵お婆ちゃんは危険な状態にあるのだろう。

「大変! 葵お婆ちゃんの家に、行かなくちゃ!」

「花乃! 僕の外車を貸してあげよう」

「もちづき君、外車を持っているのですか?」

「ああ、まあな」

 さすが、この地域を守護する神様である。ペーパードライバーだが、一応免許は持っている。これで、一刻も早く、葵お婆ちゃんのもとへと駆けつけられるだろう。

「あれ、でも、どこに外車なんか停めているのですか

「ここだよ」

 もちづき君が指差したのは、倉庫である。あそこは、農具や芝刈り機が入っているだけだが……?

 良夜さんが、恭しく倉庫の中から出してきたのは、マウンテンバイクであった。

「あれが、僕の外車だ」

「……」

 本物かわからない有名メーカーのエンブレムが、マウンテンバイクに取り付けられただけであった。

「あの、もちづき君、そのマウンテンバイク、どうしたのですか?」

「外車だ」

「その、外車は、どうしたのですか?」

「駄菓子屋の店主が、孫が乗らないからと、譲ってくれたんだ」

「そ、そうでしたか」

 駄菓子屋の店主とは、山川さんだろう。たしか、お孫さんは一番末っ子でも大学生だったような。

 小学生用の小さなマウンテンバイクだったので、乗れなかったのだろう。外車のエンブレムを貼ったら、お孫さんが乗ると思ったのか。謎である。

「そんなことよりも、さあ、行け。満月大神の巫女花乃! 外車に跨がって、老婆を救いに行くんだ」