そう言って、良夜さんは私の空いている手を掴み、立ち上がらせてくれた。

「騒がしくしていたようですが、何があったのですか?」

「そ、それは――」

 マリーちゃんが急に吠え始め、葵お婆ちゃんは珍しく激昂した。

 そんな話を伝えていると、つごもりさんがしょんぼりしながら戻ってくる。家まで見送ろうとしたようだが、断られてしまったらしい。

「葵お婆ちゃん、なんか、途中からいつもと感じが違っていましたね」

 マリーちゃんが吠えるのがきっかけだったような気がする。

「あの犬は、なんと訴えていたのですか?」

「なんか、“においが違う”って、不思議がっていたようです」

「におい……?」

 犬は人より遙かに嗅覚が優れているときく。刺激臭であれば、人の一億倍も感知するようだ。

 あのマリーちゃんの慌てようは、きっと、何か感じ取ったに違いない。

「でも、いつもとにおいが違うって、どういうことなのでしょうか?」

「見た目から、何かわからなかったのですか?」

「いえ、何も感じませんでした。ここ数日は、めまいが酷い上に、疲れも取れないから寝込んでいたとおっしゃっていましたが――」

 見た目といえば、マリーちゃんを叱ったときに、まるで別人みたいだった。あんな葵お婆ちゃんは、初めてである。

「別人みたいだった、ですか。まあ、人は機嫌によって態度を変えますからね」

「それは、まあ、そうですね」

 でも、葵お婆ちゃんはマリーちゃんを、実のお孫さんのように可愛がっていた。多少鳴いただけで、あのように怒るものだろうか?

「人の気持ちは……本人にしか、わからない」

「そ、そうですよね」

 つごもりさんの言うとおりだ。愕然としてしまう。動物の喋る言葉がわかっても、根本的な解決になっていない。

 いったい、どうしたものか。

 皆で首を傾げていた瞬間、居間の障子が開き、もちづき君が姿を現す。縁側のほうへとやってきて、庭へ降りてきた。

「話は聞かせてもらった。テレビっ子の視点から、意見させてもらおう」

 テレビっ子の視点というのは、なんなのか。とりあえず、話を聞く。

「めまいがする、疲れが取れない、匂いがいつもと異なる、突然キレる――以上の症状から、“低血糖”ではないかと推測する」

「低血糖、ですか?」

「ああ。この前テレビでやっていたんだ。そのとき見た低血糖の前兆に似ている気がして」