また作ってくるからと約束したが、あの日以降、シフォンケーキを祖母に持っていけなかった。

 仕事が忙しくなり、長期休暇も取れなくなったので、祖母と会う暇もなくなってしまったから。

 どうしてあの頃の私は、祖母よりも仕事のほうが大事だと思っていたのか。
 新幹線でたった二時間の距離である。一日しかない休みでも、会おうと思えば会えたのに。

 祖母が「もう飽きてしまったよ」と言うまで、シフォンケーキを焼いて食べさせたかった。

 けれど、それは叶わない。もう、祖母は亡くなってしまったから……。

 シフォンケーキのおかげで感傷的になっていたが、マリーちゃんの鳴き声を聞いてハッとなる。

 聞いたことないくらいの、キャンキャンという鳴き方だった。

『おばあさん、いつもと“におい”がちがうよ! どうして? どうして?』

 マリーちゃんは、葵お婆ちゃんの異変を感じ取っているようだ。

「うるさいねえ!」

 葵お婆ちゃんは珍しく、イライラした様子でマリーちゃんを叱りつけた。こんなふうに怒る姿は、初めてである。いつも、穏やかな人なのに……。

 マリーちゃんは葵お婆ちゃんに叱られ、萎縮したようだ。私がどうしたのかと聞いても、答えてくれない。

「ごめんなさいねえ。普段、マリーは、こんな風に鳴かないのに」

「そ、そうですよね。いつも、お淑やかで、品がある子ですし」

 この騒ぎで、葵お婆ちゃんはすっかり食欲が失せてしまったようだ。シフォンケーキはお持ち帰り用に、包ませてもらった。

「せっかく用意してくれたのに、悪かったねえ」

「いいえ、そういう日も、あります」

 葵お婆ちゃんは深々と会釈する。

「また、来るからねえ」

「はい。またのお越しを、お待ちしております」

 つごもりさんは心配なようで、途中までついていくという。ふたりと一匹の後ろ姿を、見送った。

 庭には、一口も飲まれなかった紅茶が放置されている。良夜さんが淹れてくれたのに、無駄になってしまった。

 せっかくなので、私がいただく。風味高い紅茶だったものは、味気なくて、甘い味だけが口の中に残る代物と化していた。

 人生甘くないのだよと言われているような気がして、ひとり傷ついてしまう。

「何、サボっているのですか?」

「す、すみません」

 良夜さんに見つかってしまった。手を差し出したので、紅茶を一気飲みしてから茶器を返す。

「茶器ではないです」