でも、デイケアの介護士も通っているというし、その辺は任せていてもいいのだろうか。何か異変があったら、気付くだろう。

「なんだか、お腹が空いたねえ」

「では、シフォンケーキとお茶を用意しますね。緑茶と紅茶がありますが、どちらにしますか?」

「紅茶を、頼むよ。砂糖は、ひと匙だけいれておくれ」

「かしこまりました」

 お店に戻った瞬間、良夜さんがシフォンケーキと紅茶が乗った盆を差し出す。

「わっ――準備が、いいですね」

「葵さんの声が聞こえた瞬間に、準備を始めたので」

「な、なるほど」

 ありがたく受け取る。

「えっと、紅茶には」

「砂糖をひと匙、入れています」

「どうしてわかったのですか? 葵お婆ちゃんが紅茶を頼むのは、初めてですよね?」

「以前、お店に来たときに、話していたのですよ。焼き菓子を食べるときには、砂糖をひと匙入れた紅茶を飲むとね」

「そうだったのですね」

 まるで、店員の鏡のような記憶力だ。私も見習いたい。

「お喋りしていないで、早く届けてください」

「了解です」

 庭に戻ると、マリーちゃんがつごもりさんに身を寄せていた。

『好き……、すごく好き……!』

 熱烈な告白をしている。つごもりさんは狛犬なので、どこか惹かれるところがあるのだろうか。
 人の目がないところで、マリーちゃんから恋の話を聞きたい。

「お待たせいたしました」

「ああ、ありがとうね」

 腰掛け台にお盆ごと置くと、葵お婆ちゃんはタンポポが咲いたような可愛らしい笑顔を浮かべた。

「まあ、おいしそう。彩りが、とってもきれいだねえ」

「ありがとうございます」

 着色料は一切使っていない、素材の味をふんだんに活かしたイチゴのシフォンケーキである。存分に、味わってほしい。

「こんなにきれいだと、手を付けるのが、もったいないねえ」

 楽しそうにうっとりと眺める葵お婆ちゃんを見ていると、祖母にお菓子を持って行った日の記憶が甦る。

 あれは、パティシエールになったばかりの頃だったか。毎日毎日雑用ばかりで、お菓子なんて作らせてもらえなかった。

 そんな中、祖母の家に遊びにいくときのお土産に、シフォンケーキを作って持って行ったのだ。

 チョコレートクリームででデコレーションしたシフォンケーキを見た祖母は、大喜びしてくれた。

 そのあと、困ったような表情で、食べるのがもったいない、ずっと見ていたいと言い出したのだ。