祖母の言う桜は、外に咲くものではなかった。風呂敷に包んで持ってきていた、桜まんじゅうを佐々木さんとその家族に見せる。

「桜まんじゅうの薄紅色が、今でも鮮明に思い出せるくらい、きれいだったよ」

 同時に、これまでの春の景色が甦ってくる。

「毎年、春になるとリンゴが花を咲かせるんだ。それはそれはきれいで……もう一度、見てみたいと、思ったんだなあ」

 祖母の桜まんじゅうをきっかけに、佐々木さんは果樹園の復活を決意した。

「いやはや、苦労の連続だったよ。でも、くじけそうだって思う度に、幸代さんはどこからともなく現れて、俺達家族に桜まんじゅうを差し入れてくれたんだ」

 それから、大変だと思う度に「幸代さんの桜まんじゅうを食べるために、頑張るぞ!」と気合いを入れていたのだとか。

「不思議な人だったよ……本当に」

 人々の心に寄り添い、心を守る。それが、巫女としての祖母の仕事だったのかもしれない。

「この桜まんじゅうは、もう、食べられないと思っていたんだ。奇跡のようだよ……!」

「祖母は、私の心の中で生きていますので」

「そうか……そう、だな」

 佐々木さんは家族にも桜まんじゅうを食べさせたいというので、包んで手渡した。

「花乃、これ、一個二百円で売りますか?」

「一個二百円は高いですよ。ぼったくり過ぎます」

「お店では、茶と菓子だけで、千円で売っているではありませんか」

「そ、そうですが」

「神社を復興させるためには、お金が必要なんです。つごもり、会計してきてください」

 つごもりさんは雨の中に捨てられた犬のような表情をしたので、私が説明に回る。

「佐々木さん、このおまんじゅう、一個二百円なのですが、大丈夫でしょうか?」

「ああ、いいよ。三百円でも四百円でも、出すつもりだったさ」

 それを聞いた良夜さんが何か言いそうだったので、慌てて口を塞ぐ。つごもりさんに目配せして、家の奥まで連行してもらった。

「花乃ちゃん、今日は本当に、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 祖母は私の心の中だけではなく、いろんな人の心に存在している。
 これから、この狛犬カフェを通して、たくさん話をしたい。

「またのお越しを、楽しみにしております」

 笑顔で、佐々木さんを見送った。
 それと同時に、巫女の証である手のひらの満月の紋章が、チカチカと光る。

「こ、これは?」