「お祖母ちゃんのレシピで作ったものなんです」

「そ、そうなのか?」

 佐々木さんは前のめりになり、話に食いつく。何か、祖母の桜まんじゅうに思い入れがあるのだろうか。

「じゃあ、その、桜まんじゅうと茶をひとつ」

「はい。ご準備いたしますね」

 台所に向かおうとしたら、良夜さんがすでにお茶と桜まんじゅうを用意してくれた。

「これ、よろしくおねがいします」

「ありがとうございます」

 受け取って、佐々木さんに持って行く。

「桜まんじゅうと、お茶のセットです」

「ああ、ありがとう」 

 佐々木さんはじっと、食い入るように桜まんじゅうを見つめていた。
 いつもと違う空気に、つごもりさんや良夜さんも気付いたようだ。

「ねえ、つごもり。あのお爺さんがまんじゅうを喉に詰まらせたら、背中を叩いて吐かせてください」  

 つごもりさんは、コクリと頷く。喉が詰まったときの心配をするなんて……! さすが、“おかん”と紹介されるだけある。

 佐々木さんは一口、桜まんじゅうを口にした。その瞬間、ポロリと涙を零す。

「さ、佐々木さん、お、お口に合いませんでしたか?」

 しゃがみ込んで、お茶を勧める。背中をさすって、落ち着くように促した。

「違う……違うんだ……!」

 佐々木さんは、ぽつりぽつりと話し始める。

「すまない。この、幸恵さんの桜まんじゅうは、もう二度と、食べられないと思っていたから……! とっても、おいしい。花乃ちゃん、本当に、ありがとう」

「いえ」

 この桜まんじゅうは、佐々木さんにとって大変思い入れのある一品だったらしい。

「もう、何十年も前の話になるのだが、大雨で果樹園がダメになったときがあってな」

 雨で土砂が緩み、佐々木さんの果樹園は呑み込まれてしまったらしい。
 為す術もなく、深く落ち込んでいたのだとか。

「もう、果樹園は辞めよう。土地は地主さんに返して、どこかへ引っ越そう。そんなことを考えるくらい、辛く悲しいものだった。けれど、他の家族はここを離れたくない、果物農家を辞めたくないと訴えてな」

 家族と対立する噂でも聞いたのか、祖母は佐々木さんの家を訪問したのだという。

「幸恵さんは言ったんだ。“桜を見ながら、話し合いましょう”って。大雨で、桜も散ってしまった。それなのに、何を言っているんだ。そう思ったんだ」