最期は苦しまずに死んだと、父はどこか他人事のように呟いていた。

 母親について話をする口調ではなかっただろう。誰か、よく知る人の死を語るようだったのだ。

 生まれて初めて、父に対して怒りがカッと湧きあがる。この人には、情というものがないのかと。

 けれど、父は昔からそうだったように思えた。家に帰ってもほとんど喋らず、会話らしい会話をした覚えがない。
 親としての愛情を感じた瞬間など、一度もなかった。

 代わりに、祖母が私に愛情を注いでくれた。おかげさまで、自分で言うのもなんだが、まっとうな人間に育ったと思う。

 けれど、祖母はもうこの世にいない。若くして亡くなった、祖父のもとへと逝ってしまった。

 棺の中の祖母の表情は穏やかだった。今頃、祖父と再会しているのだろうか。
 苦労の連続の人生だと話していた。けれど、私と一緒に過ごせて、幸せだったとも語っていた。

 涙が、溢れてくる。
 祖母が与えてくれたものを、私は返せていただろうか?

 否。私は受け取るばかりで、祖母に何ひとつ返せていない。

 ポタポタと、涙が落ちていく。いつも、私が泣いていたら、祖母が励ましてくれた。大丈夫、雨は、いつか止むから、と。

 涙の雨は、しばらくおさまりそうにない。

 しばし、祖母の亡骸の前で、涙に暮れていた。