そういえば、裏庭の小屋で飼育している鶏は生きているだろうか。さっき、鳴き声は聞こえたけれど。近所の人達が、世話をしてくれたのか。

 もしも卵があったら、卵焼きも食べたい。祖母直伝のだし巻き卵は、絶品なのだ。

 考え事をしつつ台所に向かい、祖母お手製ののれんをくぐる。すると、背が高い黒髪の男性がいてびっくりした。

「うわあっ!」

 私が悲鳴をあげるより先に、相手が声をあげる。「おはようございます」と声をかけたら、丁寧な会釈を返してくれた。

「えっと、つごもりさん?」

 呼びかけると、こわごわといった感じでコクリと頷く。
 どうやら、昨晩見聞きしたのは、夢ではなかったようだ。

 彼は昨日、黒い大型犬の姿を取っていたようだが、今は見目麗しい青年の姿でいる。髪は跳ね、着ている服はトレーナーにズボンという、今の今まで寝ていました、という恰好でいた。

 手には、コーンフレークの箱が握られている。
 調理台に、四人分のお皿が用意されていた。もしかして、朝食の用意をしているのか。

 ふと、冷蔵庫のほうを見たら、“今月の食事当番”と書かれた紙が貼られている。
 どうやら、つごもりさんと良夜さんは、一週間交替で食事を作っているらしい。

「えっと、もしかして、コーンフレークが朝食、なのですか?」

 つごもりさんは、コクコクと頷く。

 コーンフレークは栄養機能食品として、かなり優秀だ。ただ、個人的にお腹が空きやすい。朝はしっかり、ご飯を食べたい。

 米びつには、米があった。ならばと、提案する。

「あの、私が朝食を作ってもいいでしょうか?」

 その瞬間、つごもりさんの青い瞳がキラリと輝いた気がした。

「……いいの?」

「はい。ご飯を炊いて、お味噌汁を作りますね」
 
 まずは、ご飯を炊いたほうがいいだろう。五合炊いたら、夜まで保つだろうか。
 考え事をしつつお米を研いでいたら、つごもりさんが背後にまだいたので驚いてしまった。

「あの、食事の準備ができたら、呼びますので」

「……お手伝い、する」

「あ、ああ! そういうことでしたか!」

 なんと、つごもりさんは朝食作りの手伝いをするため、台所にいたらしい。

「でしたら――あ、鶏! 鶏って、生きて……いますよね?」

 妙な質問だったが、つごもりさんは無表情のままコクリと頷いて言った。

「生きている」

「だったら、卵を持ってきてくれますか?」