「最近では、あんたと幸代だけだったよ」

「え?」

「山頂付近にある神社に、お参りにきてくれていたのは」

 満月大神を奉る神社は、この町にある山にある。三時間ほど登らなければ、たどり着けない。
 祖母は年に四回、春夏秋冬、お参りしていた。私も小学生のときから、付き合っていたのだ。

「春はさくらんぼ、夏はスイカ、秋はカキ、冬はリンゴと、いろんな果物を持ってきてくれたな」

 それは、私と祖母しか知らない情報だ。

 けれど、祖母は隣近所に、「大神様のところに行ってくるよ」と伝えていたはず。その際に、持って行く果物を伝えていてもおかしくはない。

『あなた、まだ満月大神を疑っているというのですか!?』

 白い犬が、ぐるぐる唸りながら問いかける。
 別の場所から吹き替えているようには、とても見えない。はっきりと口元から、声が聞こえる。

 ロボットでもないだろう。機械仕掛けでは、こんなになめらかな動きなんてできないはずだ。

「彼らは、僕の“狛犬”だ」

「狛犬……!」

 それは、神様に仕える神使(しんし)である。

 そういえば、神社には狛犬像があった。ぎょろりとしていて、牙が鋭く、大きかったので小学生のときはほんのちょっぴり怖かった。

 しかしながら、目の前にいる犬は狛犬にはとても見えない。狛犬といったら、獅子舞の獅子に似た姿、形のはずだ。

「今の姿は、幸代が望んだ姿なんだ」

「え?」

「神や、神の使いである僕達に、姿はない。だから、幸代が“こうであってほしい”と望んだ姿を取っている」

 祖母は愛らしい小型犬も、カッコイイ大型犬も大好きだった。そんな祖母の望んだ犬の姿が、白い小型犬と黒い大型犬なのだろう。

 そもそも神社にある狛犬も、人が勝手にイメージしたものだという。
 魔除けの役割があるため、魔を拒む犬――拒魔(こま)犬とも呼ぶようになったのだとか。

「ちなみに、僕の昼間の姿は、君の父親の幼少期を生き写しにしたものだよ」
「そ、そうだったのですね……!」

 父が美少年だったなんて、知りたくなかった。がっくりと、うな垂れてしまう。

「ちなみに、夜の姿は、幸代の夫の若いときの姿なんだ」

「お祖父ちゃんの、姿……!」

 祖母はことあるごとに、「お祖父さんは“いけめん”だったのよ!」と話していた。

 大の写真嫌いで、遺影すら残っていない。祖母の記憶の中でのみ、語られる人だった。