だって、ありえないだろう。美少年だったもちづき君が、美青年になっていたなんて。もしや、黒い犬がつごもりさんで、白い犬が良夜さんなのか。

 いやいや、漫画の世界ではあるまいし。

 ここで、テーブルにタシッ!! と、もふもふの白い前脚が添えられる。先ほどまでしゃがんでいた白い犬が、上体を起こしたのだ。

『ここにおわす御方を、どなたと心得る!? この地を守る土地神“満月大神(もちづきのおおかみ)”様であられますぞ!!』

 白いわんこの可愛い顔で言われても、迫力も何もないが、教えてもらった情報はスルーできない。

「満月大神って、山に奉られた狼の神様、ですか?」

「それは、大神を狼と言い換えた伝承だろうね。昔の人にとって、狼は脅威であったから。僕はもともと、この地にいたんだ。けれど、ある日人々がこの辺りを勝手に開拓したものだから、大雨を降らせたり、日照りにして畑の作物を枯らしたりしていたら、厄災扱いされて。でも、神様として奉り始めたから、仕方なく土地神になってやったのさ」

 なるほど。それらの厄災を、狼に喩えたと。大雨や日照りは小さな子どもにはピンとこないが、狼に血肉を啜られると言われると、恐ろしくなってしまう。

 大雨や日照りは、昔の人々にとって自らの血肉を生きながら啜られるほどの恐怖だったのだろう。 

 もちづき君……ではなく、満月大神の話は大変わかりやすい。しかし、彼が本当の神である、というのは信じがたいものであった。
 なんだか、夢のようと言うべきなのか。何かの演劇を見ているような気分になる。

 一瞬部屋を暗くして、小さなもちづき君と入れ替わるのも可能だろう。

「でも、犬は喋らないだろう?」

「あ、そうですよね」

 返事をして、ハッとなる。今、私、思っている内容を声に出していた? 

「あんたの考えなんて、神である僕にはお見通しなのさ」

「ひえっ!!」

 思わず、悲鳴をあげてしまった。神を名乗る彼が、私の脳内会議に参加していたから。

「会議って、あんたひとりしかいないじゃん」

「た、たくさんいるんです。真面目な私と、不真面目な私と、楽観的な私、悲観的な私とか……いやいや、そうじゃなくて!」

 ありえない状況だ。私が小学生くらいだったら、瞳を輝かせながら信じるだろうが。残念ながら、現在の私は酸いも甘いもかみ分けるお年頃だ。すぐに、受け入れられない。