部屋の灯りが消え、薄暗くなる。鞄の中からスマホを探すが、こんなときに限って見つからない。
 ウウウウ、という低いうなり声が聞こえた。まるで、狼のような鳴き声である。
 それに気付いた瞬間、全身に鳥肌が立った。
 この辺りでは、その昔、夜になると狼が現れ、人を襲って血肉を啜っていたという伝承がある。今は絶滅した、ニホンオオカミだろう。
 これ以上人を襲わないように、人々は山奥に神社と祭壇を作り、狼を主神として奉った。
 すると、不思議なことに、狼に襲われなくなったという。
 毎年、祖母と山奥にある神社をお参りしていたが、去年の大洪水で神社が土石流に呑み込まれてしまったと聞いた。
 修繕できる場所にないため、今もそのままだという。
 奉られた狼様が恨みに思って、人を襲いにやってきたとか!?
 そう思った瞬間、パッと灯りがつく。
 目の前に、大きな黒い獣がいたので、悲鳴を上げてしまった。
「きゃああああっ!!」
 頭を抱えてしゃがみ込む。すると、机の下に白くもこもこした、ポメラニアンと日本スピッツのミックスみたいな小さく愛らしいワンちゃんと目があった。
「あ、あれ?」
 身を縮めていたが、先ほど見た黒い獣が襲ってくる気配もない。それに一瞬、つごもりさんや良夜さんでない、見知らぬ成人男性も見えたような?
「ねえ、花乃、いつまでそうしているの?」
 問いかけられた声は、低く艶のある男性の声。喋り方は、もちづき君そっくりである。
 恐る恐る、顔を上げた。
 すると、ジャーマンシェパードとグレートデーンのミックスみたいな大きな黒い犬と、金髪碧眼の和装姿の美青年が、私を見ていた。
 鈴の付いた扇を持っていて、ひらひらを扇ぐ度に、心地よいシャンシャンという音が鳴り響く。初めて聞く、澄んだ鈴の音色だった。
 目が合った瞬間、スッと細められる。それは柔らかな微笑みというより、悪事を思いついたときに見せるようなものだった。 
「こ、これは、いったい――!?」 
 疲れているから、このような妙な状況になっているのか。それとも、これは夢?
 手の甲を思いっきり抓ってみたが、普通に痛い。私が今見ているのは、紛れもなく現実なのだろう。
「見てのとおり、僕達は、“人ではない”」
「あ、あの、どちら様ですか?」
「さっき紹介したでしょう。その耳は飾りなの?」
「えっと……その……」