狛犬カフェで悩み事、祓います

 私は祖母と住んだ家の存在が、気がかりだったのだろう。だから、死して尚、この地に留まった。

「もう、大丈夫だと、思うのです」

 だって、この町には鷹司さんがいる。祖母と暮らした家も、取り壊さずに上手く利用してくれるだろう。

 きっとこの町は、近い将来すてきな場所になる。そう、確信していた。

 パティシエールを辞め、この町で働いた数ヶ月は、夢のような毎日だったように思える。
 作ったお菓子をおいしいと言ってもらい、巫女として人々の願いを聞き入れ、成就の手伝いもした。

 まだまだ続けていたかった、という思いもある。けれど、この体では叶わないだろう。

「本当に、お世話になりました。もう、ひとりでも、大丈夫です」

 きっと、迷わずに歩いて行ける。その道を、満月大神は示してくれた。

『じゃあ、迷わず東京に帰れるな?』

「はい?」

 このまままっすぐ、死後の世界へ行けるわけではないのか。首を傾げる。

『満月大神、どうやら花乃は、気付いていないようです』

『忘れ物を、思い出していない』

 良夜さんとつごもりさんが、口々に報告する。

「忘れ物?」

 そういえば、もちづき君に聞かれていたのだ。東京に、忘れ物はないかと。

『信じられない。この僕が、ここまでお膳立てしたのに、思い出せないなんて』

「あの、私は、何を東京に忘れているのでしょうか?」

『このままだったら、一生気付かないんだろうな』

 良夜さんとつごもりさんが、コクコクと頷いている。

「大変申し訳ないのですが、その、忘れ物が何か、教えていただけますか?」

『それは、あんたの体だよ!』

「か、体?」

『東京某所にある病院の入院棟に、あんたの体があるんだ。一刻も早く回収して、ここに戻ってきて』

 一瞬、なんのことかわからず、頭上に疑問符(はてな)を浮かべてしまう。

「入院棟に、私の体があるって、もしかして私、生きて、いるのですか?」

『呆れたことにね』

 つまり、ここにいる私は、“生き霊”ということになるのか?

『理解できたら、さっさと生きた状態に戻ったほうがいい。リハビリが、辛くなるだろうから』

 どうやら私は、事故にあったあと、意識不明の状態だったらしい。けれど、祖母の家が心配過ぎて、生き霊となってこの地へやってきたと。

『さすが、幸代の孫だと思ったよ。まさか、実体化した生き霊としてやってくるなんて』