狛犬カフェで悩み事、祓います

 よかったという呟きは、言葉にならなかった。吐息と共に、周囲の闇に溶けてなくなる。

 神社は、土砂に呑み込まれてなくなったのではない。昔と同じ姿で、山の中に()った。

 一歩、一歩と、慎重な足取りで進んでいく。歩く度に、私の体は薄くなっているような気がした。

 鳥居の前にたどり着くと、隣にいた鷹司さんが会釈していた。それに倣って、私も頭を下げる。

「行ってこい」

「はい。あ、あの、鷹司さん、ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」

「いいから、行け。礼は、戻ってからゆっくり聞く」

「はい」

 鷹司さんに深々と頭を下げてから、鳥居を潜った。すると、胸がドクンと高鳴る。
 消えつつある体が熱くなった。そして目の前に、満月大神が現れる。

『意外と、早かったな』

 平安貴族のような姿の、満月大神がいつもと変わらない笑顔で話しかけてくる。

 その傍らには、大きな黒い犬であるつごもりさんと、小さな白い犬である良夜さんの姿があった。

「すみません、私、こんな姿で」

『ずっと、そんなだったよ』

「み、みたいですね」

 私は、交通事故に遭って、死んでいた。それに気付かずに、ずっと過ごしていたのだ。

「あの、どうして、ここが土砂に崩れて呑み込まれたとおっしゃっていたのですか?」

『そういうふうに言わないと、あんたが納得しないからだ』

「納得?」

『ああ。神社の神と狛犬が、カフェを開いているという不可解な状態にね』

「まあ……そう、ですね」

 神社は土砂に巻き込まれていなかった。ならば、どうして町に降りてきて、カフェを開いていたのか。それが、最大の疑問である。

『それは、幸代に頼まれたんだよ。孫の花乃が、大変な状態にあるから、助けてくれってね』

「あ――そ、そう、だったのですね」

 再び、涙がポロポロと零れてしまう。祖母の願いを聞き入れて、皆、私を助けてくれようとしていたのだ。

『このままでは、あんたは道に迷って、悪い存在になってしまう。幸代は、それだけは避けたいと、強く訴えていたんだ』

「亡くなったお祖母ちゃんにも、迷惑をかけていたんですね」

『安心しろ。幸代は、あっちに送り届けておいたから』

「ありがとうございます」

 深々と、頭を下げる。まさか、自分がこんな状態にあったなんて、気づきもしなかった。

『未練がある者は、どうしても、こうなりやすい』

「ええ……」