狛犬カフェで悩み事、祓います

 鷹司さんは私の消えかかった足を指差し、指摘してくる。
 そうだ。私という存在が消えてなくなる前に、行かなければ。

 スポーツ用ジャケットを着て、ライト付きのヘルメットを被り、防災用に用意していたリュックサックを背負う。

 同様の装備を、鷹司さんにも身につけてもらった。父が用意していた物が、役に立つ日がくるとは。

 足がないのに、登山用の靴を履けてしまう不思議。

「おい、ぼーっとしていないで、行くぞ」

「は、はい」

 山のふもとを目指して、歩いて行く。すれ違う野良猫が『頑張ってね』なんて励ましてくれた。

 ぽっかりと三日月が浮かんでいるだけなのに、外は妙に明るい。不思議な夜だった。田植えされた田んぼが鏡のように月夜を映し、周囲を明るくしてくれる。

 神社がある山に登るのは、本当に久しぶりだ。

「どのくらいで到着する?」

「三時間くらいだと」

「そうか」

 山に入ると、無言で登る。夜の山は、恐ろしい。昼間の姿とは、まるで違った。
 なだらかな山道から、険しい斜面を登り、獣道のような道なき道を進み、山頂より流れる川に添って歩く。

 額から、だらだらと汗が滴る。足は消えてなくなっているのに、汗は掻くようだ。実体はあるし、物に触れられるし、本当に不可解な状態だ。

 途中、ゴツゴツと岩が突き出る道を、慎重に進んでいく。

「ほら!」

「ありがとうございます」

 鷹司さんが先に登り、私に手を貸してくれた。

 祖母と登った日の記憶を、思い出す。私が幼いころは、いつも祖母が手を差し伸べてくれた。大きくなってからは、私が逆に祖母へ手を差し伸べていたのだ。

 祖母との記憶が、走馬灯のように甦ってくる。

 疲れたと言って、困らせたりした。満月大神の笹だんごを、食べてしまったときもあった。どんなときでも、祖母は時に厳しく、時に優しく、私を導いてくれた。

 私は人に、同じような優しさを返せていただろうか?

 祖母のように、人に優しく、自分に厳しく、生きていただろうか?

 まだ、毎日を生きることに必死で、何も成し遂げていない。

 それを思えば、泣けてくる。
 私の心は、叫んでいた。まだ、生きていたかった、と。

「山田花乃、鳥居が、見えたぞ!」

 俯いていた顔を上げると、暗い闇夜に真っ赤な鳥居がぽっかりと浮かんでいた。

「ああ――」