狛犬カフェで悩み事、祓います

 台所は、朝、私がきれいにした状態が保たれていた。鍋は空で、使った食器もシンクにない。
 誰かが使ったような形跡が、まるでなかったのだ。

「な、なんで?」

『大丈夫か? 何か、あったのか?』

「だ、誰も、いなくて」

 いつもだったら、夕食当番が食事の用意をしているのに。今日は、つごもりさんが当番の週だ。缶詰料理を作ると話していたのに。

 満月大神は、どうしているのか。居間を確認する。
 しかし、居間も真っ暗だった。誰かがいる気配は、まるでない。

 居間に置きっぱなしの漫画はなく、テレビは消されている。もちづき君が愛用している座布団も、片付けられていた。

「……えっ?」

 今日は新月ではないのに、満月大神の姿がなくなっていたのだ。
 夜は犬の姿になっているはずの、つごもりさんと良夜さんもいない

『おい、山田花乃、しっかりしろ!』

「あ、はい。だ、大丈夫です。また、今度」

『おいおい、待て待て。電話を切るな! いいか、そのままだ』

「で、でも、満月大神と、つごもりさん、良夜さんを、探さないと」

『満月大神? それは、山奥にある、神様か?』

「あ! いいえ、なんでもないです」

『なんでもなくはないだろうが』

 なぜ、満月大神の名を口にしてしまったのだろうか。皆のことは、秘密なのに。
 それにしても、鷹司さんはこの土地についてよく調べている。まさか、神様についてまで把握しているなんて。

『いったん落ち着け。あ、電話は切るなよ』

「は、はい」

 鷹司さんと話していると、だんだんと冷静になる。ひとりではなくて、よかった。きっと、パニックになって取り乱していただろう。

『その、なんだ。いつもいるはずの、男衆がいなくなっていたと?』

「そうなんです。閉店後、いつも一緒に、夕食を食べていたのですが」

『具合が悪そうだったから、声をかけずにそっと帰ったのでは?』

「いいえ、そんなはずありません」

『どうしてだ?』

 言っていいのか、迷う。けれど、今の異質感を説明するには、必要なものだろう。

「彼らと、一緒に住んでいたんです。ですので、黙っていなくなること自体、おかしなことなんです」

『男共と同居していただと?』

「はい」

『なぜ?』

「祖母の、遺志で」

『そう、だったのか』