鷹司さんはこの短期間で、さらに仲間を増やしているようだ。民泊を受け入れてくれる家も、日に日に増えつつあるらしい。

「民泊といえば、ここの家はどうだろう?」

「うち、ですか?」

 力を貸したいのはやまやまだが、我が家には満月大神と狛犬がいる。誰かを泊めたら、面倒なことになる可能性が高い。

 それに、夜はカフェの仕込みをしているので、おもてなしできないだろう。

「難しいですね」

「まあ、そうだな」

「すみません」

「いいや、気にするな。カフェを営業してもらっているだけでも、ありがたい」

 なんでも、パン屋さんを誘致する中で、カフェがあるという点は大いに役立ったらしい。

「若者がカフェを営業し、そこそこ繁盛しているというのは、相手を惹きつける要素となった。その点は、深く、感謝している」

 鷹司さんは深々と頭を下げた。普段は尊大で偉そうだが、きちんと礼節はわきまえている。

 だから皆、鷹司さんの計画を支持するようになっていったのだろう。

 徳岡さんは、鷹司さんの作成した書類をじっと見つめていた。

「どうだろうか?」

「今は決められないけれど、この書類、もらっても?」

「どうぞ」

 徳岡さんは丁寧に書類を折りたたみ、手帳にしまっていた。

「嫁ぎ先が理解してくれるかわからないけれど、正直に、やりたいことを話してみるから」

「そうですね。それが、いいのかもしれません」

 農家の嫁が働き手でならなければならない、という決まりはない。職を持っていても、いいはずだ。

「応援しています」

「ありがとう」

「でも、無理はなさらずに」

「そうね」

 徳岡さんの人生は、徳岡さんのものだ。どうか、自分が進みたいと思う道を歩んでほしい。

「すみません。なんか、深く突っ込んだ話を聞いてしまって」

「いいの。私が喋り始めたことだし。こっちこそ、悪かったわ」

「いえ。私も数ヶ月前、パティシエールを続けるか、ここでカフェの店員になるか、悩んでいたので。自分の姿と重ね合わせてしまい――」

 突然、くらりと目眩に襲われる。当時を思い出そうとしたら、景色がぐにゃりと歪んだ。

 どうやって仕事の引き継ぎをしたとか、退職願を提出したとか、職場の仲間と別れ際にどんな話をしたとか、思い出せない。ほんの、数ヶ月前の話なのに。

 思い出そうとすると、ズキンと頭が痛む。

「大丈夫か?」

「――ッ!」