鷹司さんも駅から狛犬カフェに来るまでの道のりで、汗でびしょびしょになったと話していた。街路樹を植えて、木陰を作ったほうがいいのかもしれない。

「あー、やっぱり、失敗したかもしれない!」

 女性は頭を抱えて叫ぶ。これは、深く突っ込んでもいいのだろうか。

「ねえ、店員さんはあのお兄さん達のどちらかの奥さん?」

「いえ、違います。私は、ここの家主代理みたいなものです」

「あ、そうなんだ。若いのに、すごいね。お店を持っているなんて」

「亡くなった祖母が、作ったものなのですが」

「そうなんだ。でも、すごいよ。こんな何もないところで、頑張れるなんて」

 何もない、という言葉に、少しだけ胸が痛む。事実なのでから、仕方がない話であるが。

「話を、聞いてもらってもいい? ひとりでは、抱えきれなくて」

 つごもりさんと良夜さんを振り返る。身振り手振りで何かを伝えていた。たぶん、かき氷はこっちで作るから、話を聞け、だろうか。了解したと頷く。

「私で、よろしければ

「ありがとう。もう、限界で」

 目の前の席に座るよう、勧められる。店員なのでと一度は断ったが、落ち着かないからと再度勧められ、腰を下ろした。

「実は私、これから、米農家に嫁ぐの。今日は、彼氏の両親に、挨拶に行く日で……」

「あ、もしかして、溝口さんのところの?」

「うわっ、やだ。もう、知れ渡っているんだ」

「すみません。なにぶん、小さな町でして」

 誰かが結婚するだの、子どもが生まれただのというのは、一晩のうちに知れ渡ってしまう。噂話の拡散は、止めることはできないのだ。

「って、ごめんなさい。一方的に喋ってしまって」

「いえ」

「私は、徳岡真子、自営業、まだ独身」

 簡潔な自己紹介に、私も言葉を返す。

「私は、山田花乃、独身です」

 独身のくだりは必要だったか謎だが、一方的に聞くわけにはいかなかったので付け加えた。

「私、もう三十八歳だし、体力ないし、農家の嫁なんて務まらない。子どもだって、期待されるのは、重荷なの……!」

 それらは、結婚後必ず期待されるだろう。特に、跡を継ぐ者が必要な農家に嫁ぐのだ。生半可な気持ちでは、結婚できない。

「普通の会社員だと思って付き合っていたのに、実は農家の息子で、脱サラして米農家になるなんて、予想もしていなかった」

 問題は、それだけではないようだ。