考えながら階段を降りると、ちょうど兄が帰宅したらしかった。
3つ上の兄はすでに大学生で、私にはそれなりに優しい。

父が単身赴任で長い間家をあけている分、たった1人の男手として頼りになる存在でもあった。
そして私たちをこの家に2人にさせまいと、寮や一人暮らしを選ばずに、通学に1時間以上かかる大学へ実家から通ってくれている。

(高校時代は特に何も思わなかったけど、今思えばだいぶ立派かも)

「お兄ちゃんおかえり」
「ただいま」

配膳を手伝っている様子の兄に感心しつつ、私も一緒にテーブルに並べるのを手伝う。
3人で食卓を囲むと、仲良く手を合わせて食事を口に運んだ。

「んっ、美味しい!」
「なに、今日は大げさに褒めてくれるじゃない。いつもは何も言わないくせに」
「う……いつもも美味しいと思ってるよ。今日はお腹が減ってたから余計に美味しく感じたの」

(肉汁たっぷりのハンバーグなんていつぶりだろう……)

一口一口噛みしめるようにハンバーグを食べる。

「あ、そうだ。お母さん、明日メイク道具貸して欲しいの」
「いいけど、急にどうしたの?」
「なんだ? 唯子、好きな奴でもできたのかよ」
「あ! 今日の帰りが遅かったのも、もしかして……!」
「違う違う!」

盛り上がる2人を慌てて静止する。
あながち間違いではないけれど、さすがに家族に茶化されるのは恥ずかしい。

「好きな人とかそんなんじゃないけど、後悔したくないなってだけ」
「後悔?」
「高校生を謳歌したいなっていうか」
「色気づきやがって」

ニヤニヤ笑う兄が、肘でつついてくる。
中身は私の方が年上なはずなのに、うまく言い返せなくて、顔だけでムッと睨んでおいた。

「化粧品の使い方はわかるの?」
「うん、大丈夫」
「へえ? 明日、どんな化け物が出来上がってるか楽しみだな」
「言ったな〜? ちゃんと可愛くなってたら、お小遣いちょうだい」
「期待してるよ」

兄には悪いけれど、大学入学から8年間化粧をし続けてきたのだ。
プロではないとはいえ、化け物ができあがるはずもない。