「ただいま」

帰宅すると、早速ハンバーグのいい匂いが鼻腔をくすぐった。

実はここは異次元のパラレルワールドで、お母さんがのっぺらぼうとかだったらどうしようと思ったけれど、迎えてくれたのは今より少し若いだけの、私がよく知る母だった。

「おかえり。遅かったから心配したじゃない。何かあったの?」
「……ううん、友達と話し込んじゃって」
「それならいいけど。もうご飯できてるから手洗って服着替えて来なさい」
「うん、わかった」

(やばい)

『いつも通り』を心がけながらも、内心で焦る。
喉の奥がクッと詰まるような感覚は、涙がでる前兆だ。

お母さんってどうしてこんなに不思議なパワーを持っているんだろう。
顔を見ただけで、色んな気持ちが溢れてくる。

じんわりと滲んだ涙を隠すように背を向けて、洗面所へ急いだ。

(はあ、やばかった)

一筋溢れた涙を指で拭う。化粧を気にしてそっと拭ったけれど、色気もへったくれもなかった高校時代の私は、どすっぴんだった。

(うん、いもい)

鏡をみて苦笑いを浮かべる。

(そりゃ灯山にも振られるわ。ていうかそうだ、私振られたんだった)

あの日限りの走馬灯だと思っていたけれど、もし明日も顔を合わせることとなるのなら、まずい。非常にまずい。
悩みながら手を洗って、自室に向かう。

懐かしい部屋から着替えを取り出すと、制服を脱いで部屋着に着替えを済ませた。

(もしこの走馬灯が私の後悔をなくすためのものだとしたら、それってつまり灯山と付き合いたいってこと?)

告白が目的だったのであれば、屋上の時点で終わっていてもおかしくない。

(そもそも『後悔をなくすため』なのかどうかもわかんないけど。それが一番、ぽいしなぁ)

とりあえず灯山に好きになってもらえば良いのだろうか。