「やっと着いたー」
 電車を降りると、世界は蝉の音で充満している。心なしかいつもよりもその声が激しく聞こえるのは緑の深い場所に来たという気持ちから来ているのだろうか。
 電車を乗り継ぐこと三時間。
 目の前には「箱根へようこそ」なんて大きな看板が構えられている。
 周囲には観光客と思われる人間しかいない。ホームを見回すとまさに観光地らしく、様々な施設の広告が並んでいる。その延長でふと隣を見てみると、長旅に少々疲れ気味の莉緒が汗を拭っていた。
「大丈夫?」
「はい。こんなに電車に乗ったの、久しぶりだったので、ちょっと疲れちゃいました」
 家を出る頃のウキウキと弾むような顔はもうなく、萎れた花のように芯の無い立ち姿の莉緒は笑う。
 温泉街だったら正直どこでもよかった。温泉に入って宿でゴロゴロして、そんな非日常を味わえればよかったから、行き場所は莉緒に任せてしまった。莉緒は熱海と箱根とその他何か所で迷っていたが、探した宿のホームページが気に入ったとかそんな感じの適当な理由でここに来ることになった。
「とりあえず行こっか」
「はい」
 左手首の腕時計が示す時間は午後一時。予定は軽くしか決めていない。
 とりあえず駅前で適当にお昼ご飯を済ませて、どこかへ観光へ。宿のチェックインは五時ごろ。それまで適当に見て回って、って。結局全然予定決まっていないじゃん。
「莉緒、お腹空いた?」
「麻里さんは?」
「微妙」
「私もです」
 ふらふらと駅から出ると辺りには饅頭やらかまぼこやらのお土産が並ぶ店が並ぶ。箱根って何が有名なんだろう。調べておけばよかった。
 駅前に人はいるもののメインの商店街ではない寂しい雰囲気がある。ここの駅の数駅前で一気に人が電車から降りる場所があったからそっちが箱根の核となる駅なんだろう。莉緒がここで降りると言っていたから何かしら理由はあるんだと思うけど、それにしてももう少し賑わいがあってほしかった。折角の旅行だし。
「お昼ごはんどうしよ」
「麻里さんが大丈夫なら私は後でも」
「でも、山の方行ったら飲食店なさそうじゃない?」
「流石にあるんじゃないですか? 観光地だし」
「じゃ、先に観光回っちゃおうか」
「はーい」
 莉緒は携帯を弄りながらうんうんと唸っている。これから観光に行く場所も実は莉緒に一任している。莉緒の行きたいところに、と言えば聞こえはいいが、実際は私が面倒臭いだけ。
 予約した宿が山を登った先だったから、そっちの方角に進むことしか知らない。
「私、行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ。莉緒に任せる。近いの?」
「まぁ、そこそこです」
「どんなとこ?」
「ガラスの美術館らしいです」
「へぇ」
 美術館か。旅行先の珍しい美術館に行くのは、旅行の醍醐味と言えるかもしれないが、ガラスの美術館とはまた面白い。有名な作品が展示されているのか、はたまたガラスの歴史をなぞる美術館なのか。知識欲が僅かに疼く。
「そこでいいですか? バスでニ十分くらいらしいですけど」
「うん。いいよ」
「まぁ、美術館の最寄り駅で降りたんでそこ以外に行く場所もないんですけどね」
「だろうと思った」
 自販機でお茶を買ってからバスの待機列に並ぶ。列にはそこそこの人が並んでいて、皆照り付ける太陽に汗を滲ませていた。
 
 現地に到着してみると期待以上に施設は広く、予想以上に人で賑わっていた。老夫婦や若いカップルに紛れてちらほらと子供の姿も視界に入り、夏休みを感じさせる。
 入ってすぐに大きな池を取り囲むような庭園が広がる。水辺に掛かる橋やアーチ状のモニュメント。そして緑と共に並ぶガラスのオブジェ。
 視界を揺らすたびに必ず視界のどこかがキラキラと光る。そんな幻想的な空間の中を歩く。
「正直ここまで期待してなかったかも」
「そこそこ有名みたいですよ? ここ」
「莉緒、こういうの好きなの?」
「まぁ、見るのは」
 生返事が返ってくる莉緒を見てみると、空間に広がるガラスの煌めきを瞳に映したような眩しい目で辺りを見回している。相当気に入っているらしい。太陽が私達の肌を焼くがそれもお構いなしに、ゆっくりゆっくり足を進める。
 室内に入れば、また雰囲気は打って変わった。先程までの庭園では子供の声が環境音に交じっていたが、一度屋根の中に入るとコツコツと鳴る足音だけが響く様な空間が広がる。やはり子供には美術館はつまらないものなのだろうか。視界にも子供は映らない。
 作品は壁に掘られたショーケースの中に展示されている。建物自体も作りが凝っていてまるで海外の教会にいるようだった。
 アーチ状の梁のようなものが天井に掛かっていて、実際展示には関係ないであろう箇所に興味が引かれる。ヴェネチアングラスって書いてあったし、建物もイタリアを意識しているのだろうか。やはり専門性の必要となる分野は難しい。私の浅い知識では何も分からない。
「ねぇ、麻里さん。なんかここでバイオリンのコンサートあるらしいですよ」
「今日? 偶然」
「いや、なんか夏休み中はほぼ毎日やってるっぽいです」
「なんかありがたみが薄れた」
「ごめんなさい」
「有名な人なのかな」
「わかんないですけど、調べてみます?」
「別にいいや。時間は?」
「あと少しで始まると思いますよ。この建物の中の小さいホールでやるみたいです」
「行く?」
「まぁ、せっかくなんで」
 美術館を進んでいくと視界の開けた空間に出る。と言ってもそこまで広い場所ではない。三階建てのデパートの吹き抜けくらいの大きさだ。美術館の内部で壁や天井は不規則に曲がっていて、素人目でも良い環境ではなさそうだと分かる。
 無料のコンサートに文句を言っても仕方ないが、観客は結構な数いるようで。設けられた椅子やベンチに入りきらず、立ち見の客もちらほらと目に入る。みんな一様に期待に胸を膨らませている様子なので、つられて私も少し期待してみたり。
 私達はあまり人のいない壁際によって遠目からそれを見る。暫くすると美術館のスタッフの司会セリフと共にバイオリンを持ったふくよかなヨーロッパ系の男が登場した。挨拶もほどほどに演奏が始まり、私はそれに耳を傾ける。
 お世辞にも音楽を聴く方ではない私には音の違いは分からなかった。それでも流石プロだなと思うくらいにはその音は私の琴線に触れる。生のバイオリンを聞く機会なんてそこまで多くない。いつしか私は目を閉じてその空気の振動に身を預けていた。
 三十分程の演奏が一瞬のように過ぎ去った。終わってみればそれは心地よい時間で、始まる前は少し長いなと感じたそれも、もう少し延長しても良いと思える時間だった。
「よかったですね~」
 それは隣の少女も同意見だったようで。
「私バイオリンの演奏生で見たの初めてです! 空気って震えるんですね」
「気に入った?」
「はい! 目で見て楽しんで、おまけで耳で楽しませてくれるなんてすごいお得感です」
「言われてみればそうかも」
 美術館の順路を進みながらする会話はどことなく明るい。芸術に触れるとテンションがお互いに上がるらしい。
「麻里さん、お腹すきました?」
「んー。まぁ、ほどほどに?」
「さっき外の庭園の端に」
「あったね。レストラン」
「ちょっと高そうでしたけど、この際、味覚もって考えちゃう私は欲張りですかね」
「すっごく欲張り。でも、私も同じくらい欲張りかも」
「どんな感じの店なんですかね」
「美術館がこれだからイタリアンじゃない?」
「最高ですね」
 
 それから私達は少し高めのレストランに移動し、少し贅沢をしたランチを食べ。おまけに食後の珈琲なんかも頼んじゃったりして、旅行という非日常を楽しんだ。
 食後にふらふらと園内を散歩してみたり、お土産を覗いてみたり。
 お土産コーナーはかなり広く、三階建ての建物全てがそれにあてられていた。三階ではリアルタイムにガラス細工職人がその技を見せており、高熱のバーナーとガラスの棒が見る見るうちに芸術品になっていく過程に私達の口は塞がらなくなったり。そんな光景を見せられれば財布の紐も緩むもので、その後私達は別々に買い物を始めた。
 私は来週急遽変えることになった実家への手土産として、ガラス細工と関係があるのかは知らないが綺麗なボトルに入った酒を一本買った。酒の置かれる場所の近くは比較的高価な物が並んでいて、ショーケースに並ぶアクセサリーなんかも目に入る。
 綺麗だけど私が付けてもな、なんて思いながら見ていた筈なのに、気が付けばこれは莉緒に似合うだとか、莉緒に付けてほしいだとか、そんな考えに変わっていて笑ってしまう。
 莉緒はアクセサリーとか嫌がるだろうな。
 そう思いながらも私は悪戯心半分に、ショーケースの端にある比較的安いものの中から莉緒に似合いそうなイヤリングを買った。
 主張し過ぎない小さくて透明のガラス。
 店員さんに包んでもらったそれを丁寧に鞄にしまい、私は何気ない顔で莉緒と合流した。
「この後どうするの?」
「今何時ですか?」
「もう少しで四時」
「じゃあもうチェックインは出来ますね」
「ようやく温泉だ」
「麻里さん、すぐ宿に行きたいですか?」
「どうして?」
「いや、実はなんですけど、ここの近くにある場所にちょっと寄ってみたくて。そんなにいるつもりはないのでちょっと見て終わると思うんですけど」
「別にいいよ。どこ?」
「ここから歩いてもいける所なんですけどね……。えっと」
 なぜか莉緒は恥ずかしそうに私から視線を逸らす。
 恥ずかしがる莉緒が珍しくて、私はそれを覗き込むように腰を曲げる。
「なんでそんなに恥ずかしがってるの?」
「いや、ちょっと、なんか言いづらくて」
「なにそれ」
 私がケタケタと笑うと、莉緒はそれに怒るように小さく頬を膨らませながら、私を上目遣いで見上げる。
「……麻里さんは、星の王子さまって読んだことありますか?」
「え、なに? もう一回」
「星の王子さま」
 一切予期していなかった場所からの話題を唐突に出されて私は軽く混乱する。
「えっと……。星の王子さまってあの学級文庫とかによく置いてあるやつ?」
「はい。サン=テグジュペリの星の王子さまです」
「作者の名前は覚えてないけど、読んだことはある気がする。それこそ小学生の頃だけど」
 最後まで読んだかは覚えていないけど。なんとなく覚えてる。小さい星の王子さまが色んな星に行って色んな人と話す話。内容もほとんど覚えていない。
「で、その星の王子さまがどうしたの?」
「えっと……。ここの近くにそれのミュージアムがあるんですよ」
「それに行きたいと」
「麻里さんがいいなら」
 なぜかいつもと違いやけに低姿勢な彼女に笑みがこぼれる。
「私が駄目っていうことなんて滅多にないでしょ」
「でも、早く温泉行きたいかなって」
「莉緒が行きたいところあるなら任せるって。ほら、私って主体性ないし」
「そういえばそうでしたね」
 じゃあ、行きましょうと莉緒の顔に活気が戻る。この旅行のプランニングが強引だったから私に遠慮しているのだろうか。
 あ、もしかして私が明日誕生日だから気を使ってくれているのかも。この旅行も元はと言えば私の誕生日を祝うなんて名目だった気がするし、ありえなくはない。
 そんな気使わなくていいのに。
 一足先に外に出る彼女を追うように私もエアコン下の室内から出る。蒸し暑い空気と鋭い日差しが私を襲うがそんなことお構いなしに莉緒についていく。
 視界はキラキラと光り、彼女と歩くその道はまるで夢の世界の様だった。

 ガラスの美術館から歩いて数十分。目的の園内に入ると周囲は西洋の街並みに変貌した。作者はフランスの出身だという事を莉緒から聞き、この街並みもフランスの再現なんだろうかなんて考えながら見上げてみる。石造りの家や井戸、教会なんかが並び、それに隣接するようにヨーロピアンガーデンなんて書いてある庭園が広がる。閉園時間まで一時間と少しとなった園内には人影は少なく、異国の地に二人で降り立ったかのような感覚だった。
「好きなんですよ」
「星の王子さま?」
「恥ずかしくて誰にも言えないですけどね」
「恥ずかしくはないでしょ」
「だってなんか。幼く見えないですか?」
「そんなことないよ」
 ここまで足を踏み入れても作品の内容はほとんど思い出せない。園内には作品に登場するキャラクターの像がいくつか点在したけれど、それを見ても誰だかはっきりとしない。
「なんかごめんなさい」
「なにが?」
「つまらないですよね。私だけはしゃいじゃって」
 興奮を押し殺すようにして私のテンションに合わせていた彼女が申し訳なさそうに口にする。
 そんなにつまらなそうにしていただろうか。顔に出てしまっていたなら申し訳ない。
「もう話の内容も覚えてないからなぁ。ここに来るならもう一回読んでおけばよかった」
「ごめんなさい。私もここを知ったの今日の朝だったので」
「ううん。大丈夫。分からなくてもそれなりに楽しめるから」
 私は西洋風の町中を見回す。作品を知らなくてもこの雰囲気だけで充分楽しめる。
「でもそれじゃ……」
「あ、じゃあさ、莉緒が解説してよ。どうせ客もそんなにいないし、迷惑にはならないでしょ」
「それいいですね。賛成です」
 私は運よく無料の案内人を雇い、そのままふらふらと園内を歩く。
「麻里さん、この話ってどれくらい覚えてますか?」
「うーん。ほんとにほとんど覚えてないよ。小学校の低学年じゃないかな、読んだの。それこそ学校に置いてあったのを読んだ気がする」
「例えばどんなキャラクターが出てきたなとか」
「主人公? でいいんだっけ? 砂漠に飛行機が墜落した人。その人と星の王子さまが会話をする内容だったのは覚えてる。王子さま、地球に来るまで色んな星を渡り歩いてきたんだっけ。内容は覚えてないけど」
「結構覚えてるじゃないですか」
「そう? 実は記憶力はなぜかいい方なんだ」
「それはにわかに信じられないですねー」
 これでも結構いい大学を出てるんだけどなぁ。なんて面倒臭い返しをしてみても、莉緒は鼻で笑うように私の記憶力に首を振った。そんなに頭いいイメージ無いのかな。私。
「あ、この人とか分かりません?」
 敷地の端にある小さな教会に向かうと、いくつかのキャラクター像が出現した。机に座って怖い顔をしている男と、棒を持っている男、かな。
「全然わかんないや」
「星の数をただただ数え続ける男と、灯台の火をただただ点けたり消したりしている人です」
「……そんな話だったっけ?」
「そうですよ。二人とも違いはあれど使命に捕らわれてしまった人達」
「なんかもっとファンタジーな世界観だと記憶してた」
「小学生が読んだらファンタジーに読めるんじゃないですか?」
「そうかも。よくあるもんね。大人になってから読むと意味が変わってくるやつ」
「多分この作品も同じ類だと思いますよ」
 夏が終わったらもう一度読んでみようかなと思いながら、そのキャラクター達の像を見る。花壇の中に浮かぶ彼らはお世辞にも幸せそうな顔をしていない。
「莉緒はこのキャラクター達、好きなの?」
「……どうでしょう。物語の登場人物としては好きですけど。キャラクターとしてはそうでもないかもです」
「なにそれ」
「伝えたいことは色々とあるとは思うし、物語的には仕方ないとは思うんですけど、ただそういうキャラクターだって言われても、朝から晩までその仕事を全うしてる彼らが私は可哀想に見えちゃうんですよ。憐れんだ目で見ちゃいます。だってこの人達の生活は私から見たら幸福とは呼べないんですもん」
 莉緒の感受性は高い。これまでの生活からも十分にそれは分かる。必要以上に考えて、必要以上に感情を起伏させて。それでこそ彼女だと言えるのかもしれないけど、やっぱり隣で見ている私からは生き辛そうだななんて感じてしまう。
「このキャラクター達はきっと、私に似てるんだろうね」
「……はい。私にはそう見えました」
「そのさ。本編ではそうやって何かに縛られてるキャラクターに王子さまはなにか言及したっけ?」
「たしか、してたと思いますよ。特に星を数えるだけの人には辛辣だった気がします」
「そっか……。じゃあやっぱり少し可哀想だね」
「強く言われたからですか?」
「ううん。王子さまはその人達にその後なにもしてあげなかったから。……なんとなく覚えてるんだ。あの王子さま、行く星々の問題は解決してないよね。私さ、小学生にしては大人びた考え方してたんだと思う。当時、王子さまのこと無責任だなって思ってたもん」
「確かに。言うだけ言って去っていきますもんね。そういう見方をすればそうかもです」
 私は止まっていた足を前に進め、二人のキャラクター像から離れて小さな教会へ向かう。莉緒はそんな私の背中を慌てて追う。
「だったら私はこのキャラクター達より幸せだよ」
 恥ずかしい台詞だったから莉緒から私の顔が見えない今がチャンスとばかりに呟いてみる。
「どういうことですか?」
「私の星に来た王子さまは無理やり私を変えてくれたから」
 違う価値観を提示されるだけされたこのキャラクター達は王子さまが去った後にふと自分の生活のことを考えてしまうかもしれない。今の自分が幸せかそうでないのか。考えるだけ無駄なことが頭にチラついてしまうかもしれない。それまで無知なりに幸せだった彼らにとってそれは不幸でしかない。
 だったら私はきっと幸せな方。
「私、ですか」
「だって私、変わったもん。最近自覚できるくらいには、変わった。莉緒に変えられた」
「夏が終わったら私はいなくなっちゃうんですよ? それこそ無責任です」
 不安げに呟く莉緒の声は沈んでいる。多分俯いているのだろう。
 そんな彼女に私はまた熱い感情を抱く。
 恋心の様でそうではない。でも多分、幼い私だったら勘違いしていただろう程に恋心に近い感情。
 むずがゆくて、こそばゆくて、温かい感情。
 私は莉緒にもっと恥ずかしい台詞を吐きたくなって、くるりと体を反転させる。背景に教会を背負って放つこの言葉は少し重いかもしれないけど、なんだか今の気分にはぴったりだった。
「じゃあ、もっと私を変えてよ。莉緒がいなくなっても、その後に私が幸せだって思えるくらい、私を変えて」
 告白のような言葉に莉緒は目を見開く。
 そしてすぐにその目を逸らした。
「これ以上麻里さんに踏み込んでいいんですか?」
 私はその言葉に迷うことなく、首を縦に振る。
「莉緒になら、いいかなって」
「私気付いてますよ? 麻里さんまだ大きいものを私に隠してる。それを私に見せちゃったら、きっと傷だらけになっちゃいます。きっとすごく痛いです。それでもいいんですか?」
 私はまた頷く。
「多分私のこれはさ、この先の人生を考えても莉緒にしか話せないんだと思う」
「そんな大層な人間じゃないですよ」
「大層な人間だよ」
 莉緒は驚いたような顔をして溜息をつく。
「なんか今日の麻里さん、いつもと違います」
「旅の恥はなんとやらってね」
「それ使い方あってます?」
「まぁ、雰囲気は?」
 莉緒は長い溜息をつきながら私の隣を通り抜けて教会へ入る。
「やっぱりさっきのキャラクター達、麻里さんに似てます」
「なんで?」
「だって王子さまが彼等に抱いた台詞が今、そのまま引用して私の気持ちになりますもん」
「それってどんな台詞?」
 教会の中に入った彼女の頭上には小さなステンドグラスの窓がキラキラと輝いている。それに負けないくらいの美しさで彼女も笑っていた。
「大人って、何を考えてるんだか、ほんとにわからないなぁ」