いじめの原因なんて何でもいい。
ただ、あいつらにとっては標的、いや、絶対に反抗しない標的が欲しいだけだ。
小学校時代はそれなりに楽しかった。告白もされた。
だけれども、それは所詮小学校でしかない。お遊びだ。
もともと極度の人見知りの私は中学に入って友達とバラバラになってから変わった。
最初は普通に朝教室に入ると「おはよう」と声をかけてくる。
だけどそのうち無視する。ただ、「おはよう」を返さないだけで。
確かにあいさつをしない自分にも多少の非はあるのかもしれないが、それにしてもだ。
無視は、次第に暴言になる。ただ、決して行動には出ない。行動に出れば自分たちの身に帰ってくると怯えているから。私が聞こえているところでも聞こえていなくても私という標的を作り自称「友達」を作り上げていく。そしてその「友達」も暴言は吐かないけれども、明らかに態度が冷たくなって、無視してくる。その繰り返し。もし途中でその「友達」から外れたりすると、ターゲットはそっちに切り替わる。
女子のいじめは男子より酷い。
人と話せない、それだけでスクールカースト最底辺になるのだ。
たとえ、どれだけかわいくても。
たとえ、どれだけ頭が良くても。
私に比較的友好的だと思っていた友達が陰で私を叩いていた時はだれも信用できなくなった。そして、泣いた。ただひたすら泣いた。
皆、自分の地位を保つために必死なんだろう。
だけれども、そんな行為、人間じゃない。私は、そう思うんだ。
これは偽善なの?理想なの?そうしないと生きていけないの?
そんな訳ない。強者に好かれるために弱者を痛めつけるなんてそんな社会、在っていいはずがない。たとえ、ユートピアだったとしても。
きっと先生だって気づいていただろう。それでも何もしてくれなかった。
別に先生じゃなくたっていい。誰か一人でも私をこの絶望から救い出してくれればそれでよかった。きっと、私の人生は多少なりとも変わっていただろう。
だけれども結局ボッチの私はそのまま、何もできなかった。
誰も何もしてくれなかった。
この学校、生徒や先生。この社会。この地球。

私は、すべてが怖かったんだ。
こんな時、聖夜君ならどうしてくれただろう?

「ここは……?」目が開くと、少し傷んできている天井が見える。間違いない。私の家、おまけに私の部屋だ。
あれ、私は確か……
「やっと起きたか、大丈夫か?」
横に目を向けて見るといかにも青春真っ盛りの男子がいる。
私とは正反対の子が。
「聖夜、君?」
「顔もさっきより良くなってる。大丈夫そうだな。」
「本当に、聖夜君?」
「なんだ、ゴジラにでも見えるか?」
「フフッ」思わず笑ってしまう。
「なんだ、笑うだけの元気があるのか。心配しただけ損した。」
間違いない、声も顔も変わっているがその口調、間違いなく長谷川聖夜君、
小学校時代の恋人そのものだ。
私が寝た状態なのでよくわからないが、小学生の時は私の方が高かった身長も今では顔一つ分くらい聖夜君の方が高そうだ。。髪は茶色がかっていて変わりはあまりないが、顔はハーフみたいな印象からはだいぶ変わっている。ただ、相変わらずいい顔立ちだ。
間違いなくクラスではカースト最上位だろう。
正直、うらやましい。だけど、もし私がカースト最上位の人間だったらどうしていたのだろう?私も虐めっ子になっていたのだろうか。どんな理由があってもいじめは許されない、そんなきれいごとも思っていなかったのだろうか?
だけど、間違いなく聖夜君はそんな人間じゃない。私も、なれるのなら聖夜君のようになりたい。無理だけど。
「ありがとう」自然と口から出ていた。
「いや、俺がひなたにしたことにくらべれば、こんなこと……」
彼の表情が曇る。今にも泣きそうな顔だ。
「えっ?別に聖夜君は私に何もしてないし、むしろ救いのヒーローだよ。」
本当にそうだ。こんな私を助けてくれたし、ここまで運んでくるのだって大変だったはずだ。聖夜君には、感謝しかない。
「ひなたのいじめを黙認した、それだけで俺は罪人だ。」
思わず息を飲み込む。
「知って、たの?」
否定してほしい。愛してなんて言わない。だから、これ以上私について触れないでほしい。
「綾香から、事情は聞いていた。」
やっぱり私の願いは粉々にされる。
九十九(つくも)綾香、通称綾ちゃんには私のことをすべて話していた。
いじめのことも含めて全部。
綾ちゃんは必至にフォローしてくれたけどまさか綾ちゃんから聞いていたなんて。
聖夜君にだけは、知られたくなかったのに……
「本当に、ごめん。なにもできなくて。」
「でも仕方ないよ、もう別れてたんだし。」必至に平静を装う。
だけど、もう別れてたんだ。聖夜君に責任はない。
「本当、俺ってバカだよな。人を助けるのに理由なんていらないのに」
お願い、それ以上言わないで。それ以上言ったら私が……
「ただ、それだけの理由だけで、俺は何もできなかった。今までひなたを助けようと思えばいつだってできたのに、俺はそれを見ていることしかできなかった。そりゃ、ひなたにも嫌われるよな。」
「違う!!!」視界がぼやける。
私は一人で生きていく道を選んだ。私だって「助けて」とメールでもLINEでも聖夜君に送ればよかった。でもしたくなかった。聖夜君には聖夜君の人生があるから。それを私が壊したくなかったから!
「何がさ!事実、俺はひなたに対して何もできなかった。」
「私は、聖夜君をこんなことに巻き込みたくなかった。聖夜君は、こんな人間と一緒にいちゃダメなんだよ。」
言ってて自分が嫌になる。なんで私は、聖夜君と付き合ってたんだろう?
聖夜君には、私よりお似合いの人がいっぱいいるのに。
もし、こんな私なんかと出会っていなければ聖夜君だってもっといい生活が送れたはずなのに。
「ふざけないでくれ!自分を、自分を自分で否定するな!」
きっと聖夜君にこの気持ちは一生分からない。聖夜君はきっと、自分で自分を否定したことがないから。
「じゃあ、肯定しろっていうの?」
もう涙が、止まらない。
「できるわけ、ない。」
今の私、どんな顔してるんだろう?きっと、今までの中で最悪だ。聖夜君に見せていい顔じゃない。
「ひなた……」
「ごめん、聖夜君、帰って!」そう言って布団にくるまる。
何で、本当はこんなこと言いたくないのに。
にしてもこの感情、なんなの?胸の奥がずきずきと痛む。
もうだめ、これ以上は私が持たない。お願いだから帰って。早く!
「嫌だ!」
なんで!聖夜君なら分かってくれると思っていたのに。私は今一人になりたいのに。なんでこんな私に構うの?
「聖夜君だって学校でしょ?早く行ってよ!私なんかほっといて!」
「俺に、こんなこと言う資格なんてない。だけど、俺はひなたのそんな顔、見たくないから。やっぱりひなたは、笑ってる顔が一番だから。」
ああ、せっかく止まりそうだったはずの涙がまたとめどなく出てくる。
ずるい、聖夜君は本当に。
「それに、俺は……」
一瞬言葉が切れた。もう感情が爆発しそうだ。
「ひなたのことが、好きだから。ひなたはお遊びくらいに思っていたかもしれないけど俺は違う!ひなたのことを見た時から俺は、」
「ずるい。」
聖夜君が一瞬ひるむ。
「ずるい、本当にずるいよ。だって」

「私は、聖夜君に好きだって言わなかったのに。」
もう、我慢できない。
布団をはぎ、聖夜君の胸の中に飛び込む。このみじめな顔で。
「大好きだよ。」
聖夜君は、何も言わずに抱きしめてくれた。
久しぶりに触れた聖夜君は、すごくがっしりとしていた。
きっと、聖夜君も、泣いていた。

好きな人に「好き」と言ったのはこれが初めてかもしれない。
小学校の時は聖夜君が告白してきて私が受けた形だったけれど、当時の私は恋愛のことなんてよく分からなかったし、「好き」とは言っていない気がする。
だから卒業だからなんて理由で聖夜君と別れた。
今思えば呪うような出来事だ。
だけど今、ここで聖夜君に再度告白された。それも本気で。
きっと私なんかじゃ釣り合わない。確かに人からはよく「かわいいね」とか言われるけれど、そんな外面の問題じゃない。
カースト最上位の聖夜君と、最底辺の私が一緒にいていいはずがない。
気さくで、誰とも仲良くなれる聖夜君と、人見知りの私が一緒にいていいはずがない。
だけど、それでもうれしかった。
私が聖夜君に何かできるのならそれでいいと思った。
私が人を好きになっていいんだって、そう思えた。
聖夜君、本当に大好きだよ。今なら自信をもってそう言える。
「さて、ひなたの言う通り学校に行かなくちゃな。高校初日から欠席じゃ幸先が悪いしな。」
いきなり声をかけられ、思わずビクッとなってしまう。
「そういえば聖夜君ってどこの学校なの?」
普通なら制服を見れば分かるのだろうが、聖夜君は制服を着ていない。完全な私服姿だ。
「ああそうそう、なんと光学園に受かったんだぜ!必至に勉強した甲斐があったってもんだ!」
光学園は偏差値65前後のかなり頭のいい学校で、部活にも力を入れている学校だ。小学校の時、聖夜君の学力はそこまでいい感じはしなかったので、中学で頑張って勉強したのだろう。って…
「ええっ!」
私が今日から行こうとしていたのがまさしく光学園だ。一人じゃ無理だったけど。
「なんだ?そんなに驚いたか?まあひなたからすればあれくらい及びじゃないか。」
「それが面接で全部落ちちゃって……それで、光学園に行くことにしたの。」
聖夜君には失礼だけど、本当恥ずかしい話だ。その時は人見知りの私を呪った。
「マジで!最高じゃん。また3人一緒だ!」
「3人?」思わず聞き返してしまう。
「綾香も一緒なんだよ。今頃はもう着いているんじゃないか?」
「綾ちゃんもなの!」これで、少なくとも中学みたいな思いをしなくてもいいと思うと本当にうれしい。
だけどもし私が行ってなかったら聖夜君と綾ちゃんが一緒にいたってこと?
何か心の奥にもやもやしたものが残る。
「どうする?俺が言うセリフじゃないけど、行きたくなかったら行かなくてもいいと俺は思う。そんな辛い思いを作るために学校はあるものじゃないから。」
3年前にこのセリフに会いたかった。そうすれば、きっと私の人生は変わっていたに違いない。だけど今は違う。
「心配してくれてありがとう。だけど大丈夫。綾ちゃんがいるし、何より聖夜君がいるから行ける気がするんだ。」
これは私の本心だ。聖夜君がいてくれるだけで、私の心は和らぐ。
「ありがとう。最高にうれしい。じゃあひなたの化粧直して行こうぜ。」
「なっ」みるみる顔が熱くなってくる。もしかして、私の型崩れした化粧姿をずっと聖夜君に見られてたってこと?
「大丈夫だよ。待ってるから。」
「やっぱ聖夜君のバカ!」そう言って洗面所に飛び込んだ。
恥ずかしいのか泣いているのかうれしいのかよく分からない顔をしていた。

家を出た時は覚悟していたのだが、吐き気は襲ってこなかった。
「本当に、ありがとう。」
「どうした?急に。」
「きっと、聖夜君のおかげで学校に行けるようにまたなれたから。聖夜君には感謝してもしきれないよ。」
「それは俺のおかげじゃない、ひなたがひなた自身に勝った証。」
「本当、ずるいよ。」
私の心をまた鷲掴みにするなんて。こんなの、反則以外の何ものでもない。
「桜、きれいだな。」
驚いて前を向く。そこにはくっきりとした青空があって、そこに桜が満面に咲いていて、下を見ると、桜の花びらがアートになっていて、何か今までとは全く違う景色が広がっていた。
「私、こんなのも気づけなかったんだ。」
「だけど、今気づいた。こんなに世界は綺麗だったんだって。」
もしかしたらこの世界が私を拒んでいたのではなくて、私がこの世界を拒んでいたのかもしれない。
なぜって、今見たこの世界は悪いものには見えなかったから。
「本当に、ありがとう。」それしか出てこなかった。
また泣きそうになってしまう。せっかく化粧直したのに。
「俺は、ひなたのお手伝いをしただけさ。だけど、もし俺にできることがあったら俺は喜んで手伝おう。ひなたの彼氏として。」
言ってる聖夜君も赤くなってる。それがまたかわいい。
「ほら泣いてないで、さっさと歩くぞ。ただでさえ遅刻しているんだから。」
「うん!」涙を拭う。
本当に、こんな日が訪れるとは思っていなかった。この信じられない現実が、中学の時に完全に否定した現実が、それが今起きているだけで私はすごくうれしかったんだ。
だけど、杞憂だと思うけど、聖夜君のその笑顔は、なぜか心の底から笑っていないように見えた。

光学園は私たちの最寄り駅から3駅行ったところにある。
だけど、新宿や池袋といった大都市とは反対の方向なので、車内はがら空きだった。
私たちは席に座る。こうやって聖夜君と隣り合わせで座ったのも、初めての経験な気がする。
本当に私たちは、恋人同士だったのかと、今更ながら思ってしまう。
車内で交わされるのは聖夜君の中学校時代の話とか、私たちが付き合ってた、はずのころの話。
聖夜君が気遣ってくれたのか、私の話は少なかった。
やっぱり聖夜君は優しい人だ。
「ほら、早く降りるぞ。」
気づいたらもう光学園の最寄り駅だ。私は急いで車内を後にする。
私が出たのと、電車の扉が閉まったのはほぼ同時だった。
「ふー、危なかったー。」
「もう遅刻してるけどな。」
「そういうデリカシー無いこと言うと嫌われるよ。」
今のに悪意がないことは分かっているけれど、なぜか言わずにはいられなかった。これも聖夜君と今いることが、楽しいからなのだろうか?
世界が180度変わった気がする。
「ひなたに嫌われたら、俺はどこに行けばいいんだろうな?今のところ、ビルの屋上しか思いつかないけど。」
「じゃあ今から行こうか?2人で一緒に。」
「それは嫌われていることになるのか?」
「さあ、どうでしょう?」
光学園に行く間に交わされるのもこんなくだらない話。
だけど、さっきまでだったらこんな話だってできなかった。
聖夜君は「手伝っただけ」とか言っていたけれどそれは違う。
聖夜君は私を絶望のどん底から救い上げてくれた。
私は、聖夜君から生きる意味をもらったんだ。
それはエキストラじゃない。立派なヒーローだ。
「さあ、どんな言い訳にしようか?」
「大丈夫だよ、私が正直に話すから。聖夜君は何も悪くないことも。」
そう、これはあくまで私が引き起こした問題だ。聖夜君を巻き込んではいけない。
「そうやってまたひなたは一人で抱え込もうとする。たまには俺にさせてくれよ。今までの俺の罪滅ぼしとして。」
そうか。まだ聖夜君はそう思っているんだ。本当に聖夜君は何も悪くないのに。私をここまで連れて来てくれたヒーローなのに。胸が締め付けられる。
「そんなこと思わないで!聖夜君は何も罪なんて犯してない!私の尻拭いなんてしなくていいから!」
「そんなところで何してるの?始業式早々から遅刻したお・ふ・た・り・さ・ん。」
その声は間違いない。
「綾ちゃん!」「綾香…」
綾ちゃんの胸元に飛び込む。
「来れたんだね、良かったー。高校も来れなかったらどうしようって心配してたんだからね。」
「ごめん、心配かけちゃって。あのね、聖夜君が助けてくれたの。」
「へえ、それはぜひとも聞きたいわね。私が3年間必至に努力してもとうとう成し遂げられなかったことを、どんな手を使ったらそんな短時間でできるのかしら?恋のパワーってやつ?」
「まあ、そんなところだ。」
「ちょっ、何言ってるの!聖夜君。」
顔がまた熱い。この調子じゃ今日一日持ちそうにない。
「まあ何でもいいわ。これクラス分けの表。」
そう言って渡されたのには1組から5組までの担任の先生と、その下には生徒の名前が出ている。
私の場合、下から見た方が明らかに早いので、そうやってみていくとあった。
1組の下から2番目だ。
えーと、綾ちゃんと聖夜君は…
「すごい確率だな。まさか3人一緒のクラスだとは。」聖夜君の声が後ろから降ってくる。
「何かご不満でも?」「え、本当?」私と綾ちゃんの声が被る。
にしても綾ちゃん、怒ってる?
まあいい。急いで見ていく。本当だ。長谷川聖夜と九十九綾香の名前も1組のところにある。
「本当だ!またよろしくね、綾ちゃん。」
「やっぱひなちゃんは私の永遠の親友だよ。」
「なんなんだよ綾香、さっきから俺ばっかに敵意むき出しで。そんなに遅刻したのが気に入らないのか?ていうかひなたもここだって知ってたなら教えてくれたっていいじゃないか?」
「自意識過剰じゃないの?別にあんたのことなんかなんとも思ってないし。ひなちゃんがどこ行ったかあんたが聞かなかったのが悪いんだし。ひなちゃん、行こう。」
「ちょっと、どうしたの?綾ちゃんらしくないよ。」
「なんでもないよ。さっさと行こう。ホームルーム始まっちゃう。」
綾ちゃんによって私は教室に連れていかれた。
いつもは誰に対しても優しくて、それでいて公平な立場にいて、あんな態度とる子じゃないのに。
「何か、怒らせるような事しちゃった?」
「ううん。なんか私、聖夜に嫉妬しちゃってるのかな?」
「えっ、どうして?」
そりゃ誰だってそういう感情を抱くことはあるだろう。だけど、今はその理由が思い浮かばない。
「さっきも言ったでしょ。私が3年間必至にやってきてもひなちゃんを助けることはできなかったのになんで聖夜だったらこんなすぐに助けることができる訳?私と聖夜の違いは何?」
綾ちゃんが泣きそうになっている。こんな姿、初めて見た。だけど今は言わなくちゃいけない。
「私も、自分でも何が起こっているのか分からない。だけど、綾ちゃんは私のことを常に心配してくれた。きっと、綾ちゃんがいなかったら、今頃私はこの場にいなかったと思う。そこに差も何もない!」
「そんな慰めの言葉なんてどうでもいい!ひなちゃんが聖夜のこと好きだってずっと知ってたよ。いっつも私がひなちゃんの家に行くと聖夜君のことばっかり。だからなんでしょ?聖夜のことが好きだから、聖夜には心を許せるから。だからここまで来れたんでしょ?無力な私と違って。」
「違う!確かに私が聖夜君を好きだってのは認める。だけど、綾ちゃんは今も昔も私が心を許せる唯一の親友だし、何より綾ちゃんは無力じゃない。ねえ、ちょっと落ち着こう。」
「ありがとう、綾香。」
この声は聖夜君の。
「ちょっと、全部聞いてたの?どっか行って。変態!
綾ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。もし私が綾ちゃんだったとしても同じだろう。秘密を打ち明けるのを盗み聞きされたんだから。やっぱ聖夜君ってそんなデリカシー無かったの?どうしてもそう思わざるを得ない。
「今まで綾香がいなかったら俺だってこのことについて知る機会はなかった。だから綾香は綾香がやれるすべてのことをやった。そうだろ?今回はたまたま俺が持って行っただけだけど、綾香はその過程において最高の仕事をしてくれた。それは綾香にしかできないことだったはずだ。だからそこに差も何もない。だから、今までひなたのそばにいてくれてありがとう。そして、これからもよろしく頼む。ひなたの永遠の親友として。」
綾ちゃんがきょとんとしている。だけどそれは次第に涙交じりの笑顔に変わっていく。
「バーカ」
そう言って綾ちゃんは教室の中に入っていった。
そうだよ、いつもこうやって3人で一緒にいて3人で一緒に笑いあってた。
高校生だからとか男の子と女の子だからとかそんなの関係ない。ただ、小学校以来見ることが叶わなかったこの光景を見ることができてうれしかった。
「ほら、俺たちも行くぞ。また遅れちまう。」
「うん!」
やっぱり聖夜君はいい人だ。私の隣に立ってていい人じゃない。
だから私は聖夜君の隣に胸を張って立てるようにするから。
だから聖夜君。まだ待っててほしい。
私は心に刻み付ける。声になってないよね、今の?
幸い、聖夜君は気にすることなく教室に入っていった。
中学の時はつらかったはずの教室が、今は楽しいものにしか見えなかった。
大好きだよ、聖夜君。
私も聖夜君の後を追って教室に入っていった。

ホームルームでは自己紹介と、この一年間の目標をそれぞれが色紙に書いて発表する時間にあてられた。
こういうところで失敗したりするといきなりスクールカースト最底辺に落ちるので私は懸命に言葉を選んでいく。
これが、私が中学校初日に学んだことだ。
仮に挨拶をしなくても、ここで少しでもアピールすれば少しは向こう側の態度も変わったかもしれない。
だけど私は見事に陰キャぶり、さらに人見知りを存分に出してしまった。小学校の時は綾ちゃんと聖夜君のおかげで隠れていたし、綾ちゃんと聖夜君は私のことを認めてくれていたから大丈夫だと思ってしまったのだ。
結果、私の中学3年間は地獄になってしまった。
もう2度と同じ過ちは犯さない。
みんな高校初日だからか自分の席で悩んでいる。
それもそうだ。これによって高校3年間の運命が決まると言っても過言ではないから。
ちなみに最初の席は出席番号順で男女男女で並べられていて、横6列、縦7列で並んでいる。よって私は6列目の後ろから2番目、聖夜君は5列目の前から2番目、綾ちゃんは4列目のちょうど中央に座っている。
聖夜君の方を見ると、もう聖夜君は書き終わったみたいで斜め前の男子と楽しそうに話している。本当、あっという間に馴染んでしまう。聖夜君はこういう悩みとは無関係なんだろう。私もそうありたかった。そうであったらどれだけ人生は楽なのだろう?私ももしそうだったら少しは聖夜君の隣に立てるのだろうか?
見ると綾ちゃんももう書き終わったみたいで私の方を見ていた。
しかし、近くの女子から声をかけられたようでごめん、と手で合図してきてから愛想よく対応している。
私はこの二人がうらやましい。なんで私はこの二人と一緒にいたのだろう?
その時、スマホの着信音が鳴った。みんなの視線が私に集中する。
聖夜君もこっちを見ていた。
いくら自由とは言っても授業中のスマホの使用を認める学校ではない。
しかし先生はさっきどっかへ行ってしまった。
簡単な話だ。見つからなければ問題ない。
このまま視線を浴び続けるのはごめんなので私はバッグの中からスマホを取り出す。
綾ちゃんからだった。綾ちゃんが学校でどうしているのかなんて知らないが私は「珍しい」「綾ちゃんが」と感じてしまう。
『さっきのこと、聖夜に謝っておいてくれない?なんか私からだと謝りずらいからさ。お願い!』
涙を流しながら土下座しているスタンプと一緒に送られてきていた。
さすがに綾ちゃんも思春期だ。小学校だったらこんなことせずとも面と向かって謝れるのだろうけど高校生では無理だったらしい。
私はOKのスタンプを返しておいてスマホの電源を切った。
もう二度と、あんな目線を浴びるのはお断りだ。
そういえばまだ色紙を書き終わっていない。もうそろそろ先生が戻ってくる頃だろう。さっさと、だけどスクールカーストの底辺にならないように書いていく。
結果、何の遊び心もない、いたって普通、普通以外の何ものでもない文になってしまった。
誰かみたいに「彼女とリア充生活」みたいなことを書ければ良かったのかもしれないけど。
本当怒るよ、聖夜君!私の顔は赤くなりっぱなしだ。
みんなが聖夜君のことをはやし立てる中ただ一人、そうただ一人だけ驚いた表情で私のことを見てくる子がいた。

明日は委員会、係決めをするから考えてこいとだけ言われてホームルームは終了、下校となった。
なぜか今日の遅刻については誰からも、いや訂正しよう。ただ一人だけには触れられたが、他の人からは何も言われなかった。担任からも。
いくら何でも自由すぎではないか、この学校?
「ひなちゃん、一緒に帰ろう。」
振り向くとそこに綾ちゃんがいる。それだけで私の高校生活も少しは楽になる。頼りになる「親友」が1人いるだけで。
「うん。いいけどちょっと待ってて。聖夜君、職員室に用事があるって言ってたから。」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。」
正直言ってすこし心配している。今日の遅刻のことを謝りに行っているのではないかと思ってしまう。だけど聖夜君から「ひなたは校門で待っててくれ」と言われたら「嫌だ」とは言えない。
「本当に付き合ってるの、2人?」
そう、あの時本当に驚いて私を見て来ていた子、それが綾ちゃんだった。
何も知らない人が見たら今年中に彼女を作ってリア充生活を送るという意味に映るだろう。しかし私たちの関係を知っていれば話は別になる、のかもしれない。
「まあ、ね」
そう答えるしかない。
「そうなんだ。ねえ、一体今日何があったの?遅刻とも何か関係があるの?」
鋭い。今日に絞るあたり、さすがである。
と言っても私と聖夜君が関わることなんて、今日くらいしかないけど。
私は今日の朝にあったことから聖夜君の告白までを綾ちゃんに言った。あのやり取りも含めて。
「なんか、ごめん。私さっきあんなこと言っておきながら実は聖夜に期待していたんだ。私ならできないことでも聖夜ならできるかもしれないって思っちゃったんだ。本当に、ごめんね。」
「ううん、最初は知られたくないって思ったけど、今思えば私もそれがあったからここに来れた訳だし。だから謝らないで。」
「やっぱひなちゃんって優しいね。普通の女子だったらそんな対応しない。」
「えっ、そんなことないよ。綾ちゃんの方がみんなに明るく振る舞って私より全然優しいし、これが普通でしょ。」
「私ね、中学の時にいじめられそうになったの。」
な、なんで綾ちゃんが?こんなにいい子なのに。嘘だよね?否定してほしい。「実は全部嘘でした。ひなちゃんって引っ掛かりやすいね。」って言うんだよね。そうだよね?
「ちょっとしたこと、本当に些細なことでいじめって起きるんだってその時思ったんだ。ひなちゃんも分かるでしょう?」
それには共感できる。できるけど、その悲痛な告白、聞くに耐えられない。
「だけどそこでひなちゃんは自分が傷つく道を選んだ。本当、すごいよ。普通の人間だったらその道は選択したくないのに。私はそんな親友を持てて本当にうれしい。だけど、私はひなちゃんの隣には立てない。私は、自分の代わりにその時仲が良かった子にその役目を押し付けた。こんな最低な子と一緒に、ひなちゃんは一緒にいたくないよね?」
「違う!」
気づいたら出ていた。私が否定した未来像なはずなのに。
「本当に悪いのはそれが悪いことだってことに気づけない奴だから。綾ちゃんはそれが悪いことだったって認識してるから。だから、自分で自分を否定しないで!」
どこかで聞いたようなセリフだ。
「なんで、私にそこまでしてくれるの?なんで、こんな私を罵らないの?なんで、私を嘲笑わないの?」
もうすでに綾ちゃんも私も泣きそうになっている。ただ、校門の前だというのに人目は全く気にならない。私は、綾ちゃんをその苦しみから解き放たないといけないから。絶対。
「だって綾ちゃんは私の永遠の親友だから。私の中で一番大切な人だから。」
「ありがとう。そして、大好き。」
私の胸元に飛び込んでくる。私も綾ちゃんも泣いている。だけど、これは決して悲し涙じゃない。私がうれしかったから。
本当に綾ちゃんのことを助けたのか私には分からない。
だけど、私でも、誰かを救えたんだ。そう思うと、本当にうれしかったんだ。

私たちはいつまでこうしていたか分からない。
ただ次、声を出したのは私でも綾ちゃんでもなかった。
「ごめん、待たせちゃって。じゃあ、3人で一緒に帰るか。」
気づくと聖夜君がそこにいた。綾ちゃんもそれに気づき私から少し離れる。
「ねえ、遅刻のこと一人で罪かぶったりしてないよね?」
気になっていたことで、問わずにはいられなかった。
「言うとひなたに怒られそうだったからな。今日は別の件だ。」
「遅刻に関しては私から適当な理由つけといたから心配しないで。それより別の件って何?もったいぶってないで教えなさいよ。」
綾ちゃんが目元の滴を拭いながら聖夜君に問う。
それにしてもやっぱり綾ちゃんはいい人だ。綾ちゃんの言う「普通の人間」だったらそんなことしてくれない。
だけど、その話をした瞬間、聖夜君の表情が一気に険しくなった。
「あ、言いたくなかったら言わなくていいから。聖夜にだって言いたくないことくらいあるものね。ごめん。デリカシー無くて。」
「すまない。今は話せないんだ。許してくれ。」
どんどん表情が険しくなってくる。嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。
「ねえ、私たちの前からいなくなったりしないよね?嫌だよ、私はもう二度と大切な人を失いたくないの。だから、約束して。お願い!」
別に聖夜君がどこで何をしようと私たちが介入することはできない。
だけど、それだけは肯定してほしい。
「ごめん、本当に。」
本当に聖夜君は嘘をつくのが苦手だ。
私は綾ちゃんに身を預ける。もう立っていられそうにない。その感情はもう「悲しい」を通り越していた。例えるなら「この世の終わり」
「すまない。やっぱ二人で帰ってくれ。」
そう言って聖夜君は一人帰ろうとする。
聖夜君は私のことを救ってくれたのに私は聖夜君に何もできないの?私は本当にこのまま聖夜君を行かせていいの?
ダメ、ダメに決まってる。だけど、全身に力が入らない。
「聖夜!!!」
叫んだのは、綾ちゃんだった。
「いいの?このまま行ったらあんたはひなちゃんのことを裏切ることになるんだよ。あんたは、聖夜はこんな結末を望んでいるの?」
聖夜君はこちらを見ることはなかったが、その手と肩は震えていた。
私は泣いた。ただただ、つらかった。
失恋とかそんなのどうでもいい。ただ、やっぱり私は人ひとり救えないんだと、そんな無力な自分が悔しかった。
その日は家でずっと突っ伏していた。途中、何回かLINEの着信音が鳴ったがすべて無視した。
外は快晴なのに、私の周りだけ土砂降りだった。