戸渡との思い出はあまりない。
 なにしろ幸希が高校三年生の夏休み前に入部してきて、半年も経たずに幸希は受験のために部活動を終えてしまったのだから。
 幸希は今年二十八なのだから、きっかり十年前になるのだろう。十年前は制服を着て高校に通っていたなど、懐かしいが過ぎる。
 戸渡の入部は唐突だった。部長の友達の女子が「新しい部員が入るから」と言ってきたのだ。「え、今?」と幸希やほかの部員の女子は言ったはずだ。
「そう! しかも男子よ!」
「へー。変わった子だね」
 誰かが言った。
 茶道部は極端に小さい部活ではない。男子部員もいるが、たった二人である。しかし彼らは二年生であったため、彼らのあとを継ぐにはちょうどいいのかもしれない、などとそのとき思った。
「なんか、やってた部活を辞めて新しいとこに入りたかったんだって」
「ふーん。それで茶道ねぇ、やっぱ変わってるわ」
 そのように、部員からの評価は最初から『変わり者』であったのだ。
 しかし戸渡が入部してしまえばその評価はすぐに薄れた。別に極度に変人というわけではなかったのだ。
 明るくて、先輩の言うことはよく聞いた。
 雑務も進んでこなした。
 二年生の男子の先輩にも懐いたようだ。
 溶け込むのは早かったのだが、いかんせん二学年も下で、そして幸希は特に部長や副部長などの役職にもついていなかった。単なる一部員だったのだ。
 よって、世話をする機会も、そうなかった。なので「後輩の一人」くらいに思っていたし、向こうもそう思っているだろうと思っていた。
 ただ、肝心の茶道の腕は悪くはなかった。
 「叔母さんが茶道教室に通ってるんです」などと言っていたので、見よう見まねくらいはしていたのだろう。飲み込みも早かった。
 しかし後輩としては、強いていうなら『多少優秀』くらいであったほかは、突出した印象も無かったのである。
 そんな後輩と出会うなんてねぇ。
 その日の夜。仕事を終えて、一人暮らしの自宅でまったり一人酒をしながら幸希は思わず高校時代のアルバムを取り出していた。
 酒豪というわけではないが、気が向けばたまに缶チューハイ一本を開けたりする。それは疲れていたり、嫌なことがあったりしたときが多いのだったが、今日はなんとなく良い気分でチューハイの缶を開けた。
 アルバムを見たところで、写っているのは同級生が過半数だった。
 当時はケータイもそれほど普及しておらず、カメラ付きのケータイなど最新型で、持っている者などほとんどいなかった。ほとんどの者が持っているケータイの画面だってモノクロだったのだ。その後数年でケータイは目覚ましい進化を遂げたのであるが、まぁそれはともかく。
 そのために、ケータイに懐かしい写真が残っている、ということもなく。高校時代の想い出を見るのであれば、古風ではあるがやはりアルバムなのであった。
 ただ、そのうちの一枚に幸希は、ふと目を留めた。
 それは部活で撮った集合写真だった。三年の秋、だったと思う。写真の人物は秋冬の制服、つまりジャケットスタイルであったから。
 『当時の部員の想い出に』と集合写真を撮ったことをなんとなく思い出した。そしてその中に、ちゃんと戸渡は居た。
 写真のメインは三年生で、彼は当時一年生であったので、はしっこに立っている。
 その顔を見ればすぐにわかった。髪は少し長くなったし、染めたのだろう、ダークブラウンになってはいたが、顔立ちはほとんど変わっていない。少し精悍になったとは思うが。たれ目気味の優しい眼をしていた。
 しばらくその写真を眺めて、幸希はぐびりとチューハイをひとくち煽った。
 グレープフルーツのチューハイ。そのほろ苦さが、幸希を『今』に連れ戻す。
 お酒などを、しかも一人で飲むような大人になっているのだ。
 十年前。
 私はこの子となにを話したろう。
 考えたけれど、あまり思い出せなかった。部活の連絡や、単なる雑談しかしなかったのだろう。そのくらいに、彼の印象は希薄だった。