なんて思って、幸希は身構えてしまった。
やぶさかではなかったけれど。
でも今日、なんてまるで考えていなかったのだ。
内心ごくりと唾を飲む思いでいた幸希だったが、志月はポケットからなにかを取り出した。
まさか指輪。
なんて予想してしまった幸希だったが、出てきたのは綺麗な小さな箱、などではなかった。
それどころか志月の手に入って見えないほど小さいもののようだ。まさか直接指輪を握りしめているわけでもないだろうに、なんだろう。
不思議そうな目をして見たであろう幸希の前に手を差し出して、志月は手を開いた。
しかし手に入っていたものを見て、幸希はもっとわからなくなってしまう。
そこにあったのは、金色のコインだった。
日本円ではない。
外国のお金、なのだろうか?
少なくとも幸希は見たことがないものだ。ドルやユーロではない。
「これ、『ビットコイン』っていうんです」
「うん?」
名前を言ってくれたけれど、幸希はそれを聞いたことがなかった。不思議そうな声の相づちになる。
「まだあまり流通していないですからね。仮想通貨、ってやつです。これからこういうものが主流になるとは言われているんですけど、まぁそれは本題ではないのでいいです」
さらっと説明されたけれど、志月がなにを言いたいかはまるで見えてこない。仮想通貨などを見せて、どうしようというのか。
「この『ビットコイン』。これ自体に価値はありません。服一着ネットショッピングするくらいの感覚で買えます」
まるでわからないので、幸希はそれを聞くしかなかったのだが。
「でもこれは『仮想通貨』。ここにお金が入っています」
価値はない、と言われたが、それは想像するに、SUICAなどのICカードなどと同じ仕組みなのだろう。
カード自体は500円くらいで作れる、プラスチックと少しの金属でできた板でしかない。
でもそこにお金をチャージすれば、電車に乗ることもできる。コンビニで買い物もできる。
そしてそんなICカードに現金をチャージするように、このコインにお金が入っている、と。
いったいいくらくらい入っているというのか。
何気なく思った幸希だったが。
次の志月の言葉ですべてを理解した。
「今、目にはできませんが。入っているのは、僕のお給料三ヵ月分くらいでしょうか」
仮想通貨うんぬんより、それはずっとわかりやすかった。
『お給料三ヵ月ぶん』。
それが示す、定石のものがある。
そしてこのシチュエーションと志月の声、言葉。そこですでにわかってしまった幸希は、なにも言えなかった。
「僕はこのコインに入っているだけの誠意をあなたに渡したいです」
そんな幸希の目をまっすぐに見つめて、志月は言う。
「もらってくれますか」
答えなんて決まっていたのに。
幸希はつい、笑ってしまう。指輪を差し出されるより、なんと自分たちらしいことか。
『わかった。でも、奢りは五百円までにしてね?』
『……え?なんで五百円?』
『ワンコイン、ってこと』
半年前。初めてコインのやり取りをしたことを思いだした。
そして志月もそれを覚えていて、それから交わした数々のコインを思って、こういう形で渡してくれようと思ったのだろう。
ささいなことを大切にしてくれる、優しいひと。
このひとの手を取らずしてどうしようというのか。
「私で良ければ」
幸希の顔が、ふっとほころぶ。
冷たい風の吹く中なのに、とてもあたたかかった。
実際に体が熱くなっていたのだと思う。
よろこびに、幸せに。
志月の手につままれたコインが、幸希の手に乗せられる。
『お給料三ヵ月分』が入っているというのに、コインは嘘のように軽かった。
それでもしっかりと手の上に乗って、存在していることを感じられる。
小さなコインは暮れていく夕日を反射して、金色がきらりと光った。
コイン一枚からはじまった関係。
コイン一枚が、すべてを変えていく。
てのひらで輝く一枚。とても軽い。
けれど二人を繋ぐ、あかしになってくれることは確かなことだった。
(完)
やぶさかではなかったけれど。
でも今日、なんてまるで考えていなかったのだ。
内心ごくりと唾を飲む思いでいた幸希だったが、志月はポケットからなにかを取り出した。
まさか指輪。
なんて予想してしまった幸希だったが、出てきたのは綺麗な小さな箱、などではなかった。
それどころか志月の手に入って見えないほど小さいもののようだ。まさか直接指輪を握りしめているわけでもないだろうに、なんだろう。
不思議そうな目をして見たであろう幸希の前に手を差し出して、志月は手を開いた。
しかし手に入っていたものを見て、幸希はもっとわからなくなってしまう。
そこにあったのは、金色のコインだった。
日本円ではない。
外国のお金、なのだろうか?
少なくとも幸希は見たことがないものだ。ドルやユーロではない。
「これ、『ビットコイン』っていうんです」
「うん?」
名前を言ってくれたけれど、幸希はそれを聞いたことがなかった。不思議そうな声の相づちになる。
「まだあまり流通していないですからね。仮想通貨、ってやつです。これからこういうものが主流になるとは言われているんですけど、まぁそれは本題ではないのでいいです」
さらっと説明されたけれど、志月がなにを言いたいかはまるで見えてこない。仮想通貨などを見せて、どうしようというのか。
「この『ビットコイン』。これ自体に価値はありません。服一着ネットショッピングするくらいの感覚で買えます」
まるでわからないので、幸希はそれを聞くしかなかったのだが。
「でもこれは『仮想通貨』。ここにお金が入っています」
価値はない、と言われたが、それは想像するに、SUICAなどのICカードなどと同じ仕組みなのだろう。
カード自体は500円くらいで作れる、プラスチックと少しの金属でできた板でしかない。
でもそこにお金をチャージすれば、電車に乗ることもできる。コンビニで買い物もできる。
そしてそんなICカードに現金をチャージするように、このコインにお金が入っている、と。
いったいいくらくらい入っているというのか。
何気なく思った幸希だったが。
次の志月の言葉ですべてを理解した。
「今、目にはできませんが。入っているのは、僕のお給料三ヵ月分くらいでしょうか」
仮想通貨うんぬんより、それはずっとわかりやすかった。
『お給料三ヵ月ぶん』。
それが示す、定石のものがある。
そしてこのシチュエーションと志月の声、言葉。そこですでにわかってしまった幸希は、なにも言えなかった。
「僕はこのコインに入っているだけの誠意をあなたに渡したいです」
そんな幸希の目をまっすぐに見つめて、志月は言う。
「もらってくれますか」
答えなんて決まっていたのに。
幸希はつい、笑ってしまう。指輪を差し出されるより、なんと自分たちらしいことか。
『わかった。でも、奢りは五百円までにしてね?』
『……え?なんで五百円?』
『ワンコイン、ってこと』
半年前。初めてコインのやり取りをしたことを思いだした。
そして志月もそれを覚えていて、それから交わした数々のコインを思って、こういう形で渡してくれようと思ったのだろう。
ささいなことを大切にしてくれる、優しいひと。
このひとの手を取らずしてどうしようというのか。
「私で良ければ」
幸希の顔が、ふっとほころぶ。
冷たい風の吹く中なのに、とてもあたたかかった。
実際に体が熱くなっていたのだと思う。
よろこびに、幸せに。
志月の手につままれたコインが、幸希の手に乗せられる。
『お給料三ヵ月分』が入っているというのに、コインは嘘のように軽かった。
それでもしっかりと手の上に乗って、存在していることを感じられる。
小さなコインは暮れていく夕日を反射して、金色がきらりと光った。
コイン一枚からはじまった関係。
コイン一枚が、すべてを変えていく。
てのひらで輝く一枚。とても軽い。
けれど二人を繋ぐ、あかしになってくれることは確かなことだった。
(完)