ぴゅう、と体に吹き付ける風に幸希は思わず身を縮めた。海辺にきているのだ、海を渡ってきた潮風が体に直接吹き付ける。
「寒いのに、すみません」
 隣を歩く志月が謝ってきた。幸希が寒そうにしたのがわかったのだろう。
「大丈夫」
 少しは強がりであったものの、冬であれば当たり前のことかなとも思う。
 12月にもなって、真冬といえる季節。この寒いのにデートとしてわざわざ外へ出なくても、と思うのであるが。
 とはいえ、ずっと外にいるというわけではなく、先程までは暖房のきちんと効いた室内にいた。
 水族館へ行ったのだ。海辺に建っている水族館。
 いるかショーが有名な水族館で、ショーの運営に力を入れているために、海から直接水を引いているかの飼育をしているらしい。それで海辺なのだと。
 志月に「水族館へ行きませんか」と誘われたとき、遠いしなぁ、寒いしなぁ、おまけにこの寒いのに水を見るのもなぁ、と思わなくもなかった。
 都内であれば街中にある水族館だってあるのだ。百歩譲って水を見たいとしても、そういうところへいけば、遠出をしなくても寒い思いをしなくても水族館を堪能できる。
 けれど実際にきてしまえば、そんなおっくうだった気持ちは吹っ飛んだ。
 青く透ける水がとても美しい。水槽が壁のように隙間なく続いていて、もちろんその中は水で満たされていた。
 抜けるような、ブルー。そしてそこに生えている海藻、置かれている石。すべてが海を模して作ってある。
 作りものの海ではあるが、そこには確かに魚たちや、ほかにも貝だの哺乳類だの、海の生き物たちが暮らしている場所なのだ。美しくて当然だろう。
 どこまでも続くような青の中。ルートを歩く中で、頭上にも水槽が梁めぐされているエリアがあり、それを見たとき幸希は思わず、わぁ、とはしゃいだ声をあげてしまった。
 こんな大掛かりなつくりは街中の小規模な水族館ではできないだろう、と思う。
 歩く廊下の上を見上げれば、頭上を魚が泳いでいく。澄んだ水の中を。
 それはとても気持ちよさそうだった。
 お魚はいいな。自由に泳げて。
 スイミングなどはからきしの幸希はちょっと、そう思ってしまった。
 それに、海の動物、いるかやペンギン、シロクマなどもいたのだが、彼らはなんだか寒い中がむしろ心地いい、という様子に見えた。
 それはそうかもしれない、彼らは北極や南極、極寒の地に暮らしているはずの生き物だから。
 温度管理がされている水族館では、もちろん一年中適温なのであろうが、冬という季節。こんな様子を見て『心地よさそう』と思うのは、自分たちも寒さを感じて共感しているからかもしれない。
 そう思って、真冬の水族館も悪くなかったな、と思った幸希だった。
 見ていくうちにそういう気持ちになっていたので、午後に見たいるかショーはとても楽しかった。
 飼育員の指示通りに水の上を走ったり、ぴょんと跳ねたりするいるかたち。
 なんと器用なことだろう。
 自分がいるかでも、ああいう芸はできないだろう。
 そんなことを言ったら志月に笑われたけれど。
「志月くんはスポーツできるからわからないかもしれないけど」
 膨れた幸希の言葉には、「スポーツと芸は違いますよ」とまた笑われた。
 そんな水族館やイベントも堪能して。お茶を飲んで「ちょっと外を歩きませんか」と志月が言った。
 熱い紅茶を飲んで体があたたまったところだったので軽く「いいよ」と答えたのだが、外に出て歩きはじめてから、幸希はちょっと後悔した。
 寒いのは苦手なのだ。厚手のコートを着てきて、マフラーをしてきたのにそれでも寒い。
 12月という以外にも、今日はちょっと冷え込む日であると言えたかもしれない。
「寒いのに、すみません」
 幸希の気持ちを察したように、志月はもう一度謝った。
幸希が寒さが苦手だということは、一応話してあったのだ。再会して、付き合って冬を過ごすのは初めてなので、実感としてはまだあまり感じていないだろ うけど。
「でももうちょっと先まで行っていいですか。あそこから見える夕焼けがとても綺麗なんですよ」