戸渡は一般車両のぎっしり並んでいるところへ行き、一台の黒い車の前で、合図をするように手をあげた。そして助手席のドアを開ける。
「待たせた? ごめん」
どうやら知人かなにかのようだ。なにごとか話して、後部座席のドアを開けた。
「さ、どうぞ」
「え、いいの?」
「勿論です」
「お、お邪魔します」
一体誰の車だろう、と思いつつ、幸希は乗りこんだ。どうやら会場まで送ってくれるのだろうということは察せたので、ちょっと恐縮したが。
そのあとから戸渡も乗り込んでくる。
運転席に座っていたのは、若い男性だった。
「恵比寿店のときの後輩です」
戸渡が紹介してくれる。
「どうも。水木(みずき)といいます」
ちょっとだけ振り向いて軽くお辞儀をしてくれた『後輩』は爽やかな印象の、スポーツが得意そうな、活発な印象の男性だった。後輩、というくらいなので戸渡より年下だろうと思ったが、そのとおりまだあどけなさすら残っている。
「は、はじめまして。鳴瀬です。えっと」
幸希も自己紹介をしかけたのだが、なんと名乗ったものか言い淀んでしまう。どう名乗ったらいいのかはわかっているのだが。
『彼女です』とか『お付き合いさせていただいています』とか。でもなんだかまだ恥ずかしかった。
「聞いてますよ。戸渡先輩の彼女さんですよね」
じゃ、行きますよ、と車を発進させながら水木は当たり前のように言った。幸希にとっては後輩である戸渡が『戸渡先輩』と呼ばれているのはなんだか不思議だったが、こうして人の縁は繋がっていくのだなぁ、となんだか感慨深くなった。
「ありがとうございます。わざわざ来てくださったんですか?」
幸希は訊いたが、水木はなんでもない、といった調子で肯定した。
「はい。戸渡先輩に今度、焼肉奢ってもらうことで働かせてもらうことに」
「おい水木。バラすなよ」
「あはは、すみません」
戸渡が誰かに敬語以外で話しているのはなんだか新鮮だ、と思いながら幸希は後部座席、戸渡の横にかしこまって座りながら思った。
道はやはり混んでいたけれど、バスやタクシーを待つよりよっぽど早かった。おまけに歩くよりも当たり前のようにラクだ。五分ほどで会場についてしまう。
「水木、ありがとな」
車を降りながら、戸渡は言った。
なんだかこういう喋り方をすると男っぽいなぁ、と幸希は彼の新しい一面を見たような気持ちになりながら自分も「水木さん、ありがとうございました」と言って車を降りた。
「さ、先輩」
降りるときに、戸渡が手を出してくれて、幸希は一瞬意味がわからなかったものの、すぐにその手を取った。
今日は下駄なのだ。降りるときに危ないと気を使ってくれたのだろう。
実にスムーズに会場についてしまい、花火大会の会場へ入っていく。
見る場所へ向かうまでにはたくさんの出店が並んでいた。花火のはじまるにはまだたっぷり時間があったので、それを見ていこうと話す間。
戸渡は当たり前のように手を繋いで引いてくれた。
そして幸希も。
今度は彼の手をしっかり握り返すことができていた。
彼のやさしさ。
受けることができるようになって嬉しいと思う。
勿論、優しくしてもらえること自体だって。
誰かと付き合ってこれほど幸せを感じたことは今までにない、とまで思えた。まだ付き合ってわずか二週間だというのに。
「待たせた? ごめん」
どうやら知人かなにかのようだ。なにごとか話して、後部座席のドアを開けた。
「さ、どうぞ」
「え、いいの?」
「勿論です」
「お、お邪魔します」
一体誰の車だろう、と思いつつ、幸希は乗りこんだ。どうやら会場まで送ってくれるのだろうということは察せたので、ちょっと恐縮したが。
そのあとから戸渡も乗り込んでくる。
運転席に座っていたのは、若い男性だった。
「恵比寿店のときの後輩です」
戸渡が紹介してくれる。
「どうも。水木(みずき)といいます」
ちょっとだけ振り向いて軽くお辞儀をしてくれた『後輩』は爽やかな印象の、スポーツが得意そうな、活発な印象の男性だった。後輩、というくらいなので戸渡より年下だろうと思ったが、そのとおりまだあどけなさすら残っている。
「は、はじめまして。鳴瀬です。えっと」
幸希も自己紹介をしかけたのだが、なんと名乗ったものか言い淀んでしまう。どう名乗ったらいいのかはわかっているのだが。
『彼女です』とか『お付き合いさせていただいています』とか。でもなんだかまだ恥ずかしかった。
「聞いてますよ。戸渡先輩の彼女さんですよね」
じゃ、行きますよ、と車を発進させながら水木は当たり前のように言った。幸希にとっては後輩である戸渡が『戸渡先輩』と呼ばれているのはなんだか不思議だったが、こうして人の縁は繋がっていくのだなぁ、となんだか感慨深くなった。
「ありがとうございます。わざわざ来てくださったんですか?」
幸希は訊いたが、水木はなんでもない、といった調子で肯定した。
「はい。戸渡先輩に今度、焼肉奢ってもらうことで働かせてもらうことに」
「おい水木。バラすなよ」
「あはは、すみません」
戸渡が誰かに敬語以外で話しているのはなんだか新鮮だ、と思いながら幸希は後部座席、戸渡の横にかしこまって座りながら思った。
道はやはり混んでいたけれど、バスやタクシーを待つよりよっぽど早かった。おまけに歩くよりも当たり前のようにラクだ。五分ほどで会場についてしまう。
「水木、ありがとな」
車を降りながら、戸渡は言った。
なんだかこういう喋り方をすると男っぽいなぁ、と幸希は彼の新しい一面を見たような気持ちになりながら自分も「水木さん、ありがとうございました」と言って車を降りた。
「さ、先輩」
降りるときに、戸渡が手を出してくれて、幸希は一瞬意味がわからなかったものの、すぐにその手を取った。
今日は下駄なのだ。降りるときに危ないと気を使ってくれたのだろう。
実にスムーズに会場についてしまい、花火大会の会場へ入っていく。
見る場所へ向かうまでにはたくさんの出店が並んでいた。花火のはじまるにはまだたっぷり時間があったので、それを見ていこうと話す間。
戸渡は当たり前のように手を繋いで引いてくれた。
そして幸希も。
今度は彼の手をしっかり握り返すことができていた。
彼のやさしさ。
受けることができるようになって嬉しいと思う。
勿論、優しくしてもらえること自体だって。
誰かと付き合ってこれほど幸せを感じたことは今までにない、とまで思えた。まだ付き合ってわずか二週間だというのに。