「えー、懐かしいじゃん」
 高校時代の友人と久しぶりに遊んだのは、数日後のことだった。
 戸渡に再会したことを話すと、彼女、亜紗(あさ)は目を丸くした。
 夏の真っただ中、ある日曜日。ずいぶん暑かったので、クーラーのよく効いたカフェでお茶をした。
 「ストレス発散しようよ!」とカラオケで三時間、散々歌ったあと。喉は枯れてしまっていたが、確かに心はすっきりしていた。冷たいカフェオレが喉もおなかも満足させてくれる。
「戸渡くんねぇ。なんであんな時期に、しかも茶道部に入ってくるのかとか不思議だったんだよねー」
 亜紗は当時、茶道部の部長を務めていた。なので一番最初に戸渡の入部の話を受けたはずだ。話は自然に思い出話になる。
「なんでだったの?」
 話の流れ的に一応聞くと、亜紗はちょっとだけ思い出すような顔をした。カフェの夏季限定メニュー、ミントレモンティーをひとくち飲んで、ああ、と声を出した。
「そうそう、なんか『今、陸上部に入ってるけど辞めたいんです』とか言ってたよ」
 それは先日、戸渡自身が語ってくれたこと、そのままだった。
 けれどここで「実は本人から聞いたんだ」と言ってしまうのはなんだかためらわれた。別に隠したいわけではない。
 けれど、そこまでの話をしてしまっていることがちょっとくすぐったいというか恥ずかしいというか……そういう理由からだろうか。
「理由は、なんかあんま言いたくないみたいだったから、言わなかったけど」
「そうなんだ」
 幸希もそのくらいに答えるしかない。
 入る部活の先の部長である、亜紗にそのくらいしか言わなかったのだ。それ以上、亜紗は知らないらしいし、この話題を続けても不毛だろう。
「で? カッコよく成長してた?」
 亜紗はなんだかにやにやという顔で訊いてくる。
 亜紗がなにを言いたいかはすぐにわかった。「彼氏にする男としてはどうか」と訊きたいのだろう。
 なにしろ適齢期。そして幸希に今、決まった彼氏がいないことも知っている。
 ちなみに亜紗は、大学時代からの彼氏がいた。目下の悩みは、彼が濁してばかりでプロポーズしてこないことだと言っている。
 もう二十八歳。できればもうすぐにでも結婚したい。
 大学時代の同級生なのだから、あっちだってわかってるくせに。
 踏ん切り悪くて、そういうとこはムカつく。
 亜紗は時々ぼやいていた。
「うん、見た目もなかなかだったよ。顔立ちはやっぱり変わってないんだけどさぁ、オトナっぽくなったし、髪も染めてたし」
 高校時代は当たり前のように、みんな黒髪だった。比較的、進学校寄りな高校だったので。
 髪を染めても、夏休みだの春休みだの長期休みに一時的に、だった。
「へー。そりゃいいね」
 戸渡の見た目が悪くないと知ったのだろう、亜紗も嬉しそうな顔をした。後輩がかっこよく成長していたら嬉しいだろう。
「まー、あの子、昔からセンス良かったしね。持ってるものもシンプルだったけど整ってたし」
 ミントレモンティーをもうひとくち飲んで、亜紗は当時のことを話しはじめた。
「あの子、結構背ぇ高かったじゃん。そんで、……うーん、顔はぶっちゃけよく覚えてないけど、人懐っこい顔してたと思う」
 その印象は幸希とまったく同じだったのでなんだかおかしくなった。おまけに次の言葉も同じだった。
「なんかさー、後輩として結構話すこと、私は割とあったんだけどさ、『はい! はい!』って物分かりも良くて。なんか犬でも躾けてる気分になったこともあったなぁ」
 ああ、確かに亜紗は部長だったのだから、短い間でもそれなりに接点があっただろう。そこでその評価である。幸希はついくすくす笑ってしまった。
「わかる。なんか犬っぽいとこある」
「ありゃ。今もそうなの? 変わらないとこってあるねぇ」
 笑い合って、流れで先日のことも話してしまった。
「実は本社にキモい課長がいてさぁ、食事連れてかれちゃったんだけど助けてくれたんだ」
 それを聞いて亜紗は目を丸くした。
「え、それってなんだっけ、本社に行ったときつきまとわれたってヤツ?」
「そうそう、アイツ。店舗に押しかけてくるから断れなくて……脚とか触ってきた」
「うげ」
 同じオフィスレディとしてはひとごとでないのだろう。亜紗は思いっきり顔をしかめた。
「で、助けてくれたって、なに?」
「えーと……彼氏の振りして割り込んでくれた」
 もう一度、目を丸くされる。
「えー! すっごい!」
 やっぱりすごいよね。
 ちょっと誇らしくなった。そういう扱いを受けたことに。
「いや、マジでびっくりしたよ。なにも聞かずに『お付き合いさせていただいてる』とか言うもんだから。すごい察し力」
 つい、ぺらぺらとしゃべってしまったが亜紗は単純に肯定してくれた。
「ひえー、ナイトじゃん」
 亜紗は心底感心した、という声で言ったのだが、そのあと当たり前のことを言ってきた。
「で? 戸渡くんは今、彼女とかいるの?」
「いないって」
 言われる言葉はひとつだとわかっていたが、嘘もつけない。