待ちに待った夏休み!

 私は境内で寝そべり、数学の問題集と格闘していた。

 というより、ただ縁側で寝転がっていた。

 暑い、居間ならクーラーもあって涼しいのだが、私はどうもクーラーが苦手だ。

 冷蔵庫から貰って来たアイスにかぶりつく。

 こうしてゴロゴロしてる時間が永遠に続けば良いと思える。

「桃香ちゃ~ん」

 ふと、声のする方に目を向ければ、Tシャツにジャージ姿のお坊さんがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

「おじいちゃん! おかえり~」

「おぉ~っ、ただいま~」

 趣味・筋トレ。
特技・重量挙げ。
マッチョ坊主こと藤城寺の和尚、私のおじいちゃんである。

 私は急いで起き上がりサンダルを履くと、おじいちゃんへと駆け寄った。

「おじいちゃん、何それ?」

今日もルーティーンであるお勤め前のジムに行って来たのかと思ったが、どうやら少し様子が違う。

大きなスーパーの袋を幾つも抱えて持っている。

 私は、おじいちゃんの持つ荷物を片方持った。

「こんなにお買い物?」

 みると、中には大きなスイカが入っている。

「今日、桃香ちゃんのお友達が来るから買っといたんじゃよ~」

「お友達?」

 ぶっちゃけ今日、私にそんな予定は無い。

 唯一の親友ねねちゃんは、家族で海外旅行中だし。

 すると、突然私の携帯が鳴った。

 ディスプレイには【着信】の文字、相手は……えっ? 何故?

私は即座に電話に出る。

「はっ、はい……もしもし?」

『あっ! 桃ちゃ~ん、オレ、マサキだよ~』

「富岡先輩、一体どうしたんです?」

『実は今ね~、桃ちゃんの家の最寄駅に、みんなでいるんだよ~』

「はっ、はぁっ!? なんでそんなとこに!!」

『いや~っ……、それがその、輪ちゃんがね……』

 すると、突然電話の向こうの相手が代わった。

『今からオレ達が、貴様のウチを家庭訪問してやるから! 首を長くして待っていろ!!』

 いや、家庭訪問って先生がやるもので、生徒が生徒にするものじゃないんですが。

『ごっ、ゴメンね、急に行って驚かそうって輪ちゃんが~……』

 まあ、確かに。

 前もってって言われてたら、絶対拒否したので。

 持明院先輩、ある意味正解です。

『暑い……死ぬ……』

 山寺先輩の悲痛な叫びまで伝わり、このまま追い返すことは絶対出来ない状況だ。

『そっ、それでね~道に迷っちゃって~。迎えに来てなんて貰えないかな~?』

「はぁ~っ……。わかりました、駅ですよね? そこでちょっと待ってて下さい」

 私は富岡先輩と山寺先輩が可哀相なので、迎えに行くという選択をした。

 電話を切ると、おじいちゃんはニコニコしている。

「ほらの~。お友達来るんじゃろ~?」

「うん……。って、おじいちゃんどうしてわかったの!?」

 しかし、おじいちゃんは何も言わずに、しわしわな笑顔をしているだけだ。

 おじいちゃんって実は凄い人なんじゃ……。

 そういえば、以前に持明院先輩が言ってた話。

 確か、寺生まれのTさんとかいうの……。

 おじいちゃんはお寺の生まれ。
 それに名前が【辰治(たつじ)】イニシャルはT──

 まさかっ!?

「おじいちゃ~ん! 帰ってるの~? 檀家の山岡さんのおばあちゃんから、電話よ~」

 母屋の廊下から、お母さんの声がした。

「おぉっ!! 山岡のおばあちゃんか!! 来週のゲートボールデートの件じゃな~」

 おじいちゃんは、デレデレな顔で走って行く。

「そんなワケないか……」

 私は一人頷いて、スニーカーを履くと三人を迎えに出掛けた。



 私の夏休みはまだ始まったばかりだ。