「スズさんは先輩を、守っていたんだ……」

 私がそう言うのと同時に、今度は辺りが暗転し、気がつけば私は先輩と鉄骨の転がる路地にいた。

「今……のは?」

 先輩が呆然としつつ、私の方を見て呟く。

「先輩も見たんですか?」

「ああ、よくオレに似ていたが、アレは確かに曾祖父だったと思う……」

 その瞬間──

 ふいに、優しい風が頬を撫でた。

「あっ……」

 持明院先輩は、風が吹いたのと同時にふっと顔を上げる。

「思い出した……」

「思い出した? ナニをですか?」

「怖いモノの事だ」

「怖いもの?」

「なんだったかまでは、思い出せんが……小さい頃にナニかにいつも怯えていた、夜もそのせいか一人で寝れない事もよくあったんだ」

 私は佐野さんの言っていた事を思い出した。

 幼い先輩には、やっぱり霊が見えていたんだ。

「けれど……今日と同じように不意にこんな風が吹いて、どこからか女の子が現れると、不思議と怖いモノはいなくなった」


 佐野さんの言っていた白い少女、それは先輩を守っていたスズさんだったという事なんだろう。

 でも、どうして先輩は霊を見なくなってしまったんだろうか?

「しかしある日『もう会えないよ、でも、怖いものももう見ない』という少女の声が聞こえてから、一切怖いモノは見えなくなった……」

 もしかして、持明院先輩が幽霊を見たり、その声を聞けないのは……。

「それっきり少女に会う事もなくなった」

 スズさんが、そうしたからという事なんだろうか……。
 持明院先輩が霊を見て、もう怖がって泣かないように……。

「オレはもう一度その声の主に会ってみたくて、アレはオレの側にいて守ってくれていた存在なんじゃないかと思って、ずっと……不思議な存在に魅かれていた。心霊研をやったのもその為だ」

「そうだったんですね」


 気がつくと、先輩の真後ろに少女の霊が立っていた。

 彼女は瞳に光を讃え、柔らかく微笑んでいる。
以前よりも人間の時の姿に近い顔つきになっていた。

「スズさん……」

 私の言葉に持明院先輩は、ハッとして後ろを振り返る。

「まだ、まだ後ろにいるのか?」

スズさんは柔らかく微笑んでいた。

『……怖がらせてしまって、ごめんなさいね……私、今度こそちゃんと守ってあげたかったの……』

「今度こそ?」

私は頭の中に響いて来たその声に答えていた。

『……私は兄さんをあの事故で助けたつもりだった……けれど、結果的に兄さんは……心を病んで亡くなった……私には兄さんを本当には守れなかった』

「そんな……」

『だから……ずっとこの世にとどまってしまっていたの、でも、ある日兄さんに瓜二つのその子が産まれて、私は今度こそこの子を守ろうと思った、そして……』

「ずっと側にいてくれたんですね」

スズさんは静かに頷いた。

『……でも、そろそろ私も向こうへ行かなきゃいけなくて……』

そう言ってスズさんは、キラキラと光る粒が纏わり付いた右手を私の方へと向けた。

「スズさんは、先輩の事をずっと守って下さっていらしたんです」

 持明院先輩はゆっくりと立ち上がると、スズさんの前にしゃがみ込んだ。

「ありがとう……ございます……」

 そして、深々とお辞儀をした。

 スズさんは持明院先輩の頭をそっと撫でた。

 半透明なその手は、先輩の頭上でキラキラと細かい粒子を散りばめる。

『この子の事をお願いします……』

 そう言ってスズさんが私に微笑んだその瞬間、その後ろから暖かな光と共に先輩によく似た青年が現れ、スズさんの肩に優しく手を置く。

振り返ったスズさんは、涙を流しながらも幸せそうな笑顔で青年に抱きついた。

『兄さん……!!』

そうして二人の姿は、キラキラと周囲の空気の中に溶けていった。


 頭上の木の枝で、夏の陽射しに誘われた蝉がタイミング良く鳴き出す。
 

まるで、全てが白昼夢の中の出来事の様に思えた。