「……カ……エ……シテ…………」

 女はぎこちない口調で、私の方へそう問い掛けて来る。

「ひっ!!」

 私は思わず、声を出してしまった。

 すると女は私の方へ、再び包丁を掲げて振り下ろそうとした。

「カエせ……ェ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇ~~~~~~~!!」

 女が声にならない叫び声を上げる。

 私はあまりの事に、持っていたモップの柄を、ただ握りしめているだけで何も出来ずその場に立ち尽くしてしまった。

 女の包丁が私に振り下ろされる! 私はギュッと目をつぶった。

『バシィっ!!』

 目の前で鈍く、衝撃音が響く。

「桃ちゃん!!」

 目を開けると、富岡先輩が竹刀で女の包丁を受け止めていた。

 先輩と女は、鍔追り合い状態となる。

『ミシッ……』

 という音が響き、竹刀に包丁の歯が食い込み始めた。

「カエシテよぉ……アノヒトはワタシのワタシワタシワタシ…………」

「くっ……!! こんっの、馬鹿力っ……!!」

 やせ細った女の体のどこからそんな力が出ているのか、富岡先輩が押されているのは明白だった。

 気が付くと、先輩の腕から血が出ている。

「せ、先輩!! ケガを!?」

 あの時!

 さっき私の事をかばってくれた時。

 先輩は多少なり傷を負ってしまったようだ。

「だ、いじょうぶだいじょうぶ~……こんなんかすり傷だよ、桃ちゃんをぜったい守るって……オレ約束したでしょ?」

 そうは言っているが、先輩の腕からはカナリの出血が見られる。

(富岡先輩をなんとか助けないと……!!)

 その時、私には床に転がるアル物が目に入った。

 それは……持明院先輩が部室から持って来た殺虫剤だった。

 でも、アレを取るには女の方に近づく必要がある、殺虫剤と女を交互に見つめる私に山寺先輩が気づいた。

「藤城さん……」

「はっ、はい!」

「俺がアイツの隙を一瞬作るから……」

「わかりました!」

 山寺先輩は女の方にカメラを向けた。

 目映いフラッシュの光が女を照らし、僅かに顔を歪め女がひるんだ。

 私はすぐに、殺虫剤へと向かって行き、おもいっきりそれを女の顔に向けて噴射した。

「あぁあああああぁぁぁぁ──────!!」

 女は苦しみ顔を押さえ、その手から包丁が落ち床に突き刺さった。

 間合いの取れた所で富岡先輩が、思い切り強く脇腹を竹刀で打つ。

「…………ぅっぐ!!」

 女はその場にうずくまり、しきりに脇腹を撫でた。

「カっ……エ……セェッ…………」

 そして、女はそのまま動かなくなった。

「富岡先輩、大丈夫ですか!?」

「桃ちゃんこそ、大丈夫!?」

「私は大丈夫です、それよりケガの手当を……」

「さっきのありがとうね、助かったよ~」

「お礼なら、持明院先輩に言って下さい」

「二人とも……まだ終わりじゃないみたいだよ……」

 山寺先輩のその言葉に私たちが女の方を見ると、黒い体がゆらりと立ち上がりフラフラと揺れていた。