黒い影が妙な動きを玄関扉の前で続けている、影が動くと『カリカリ……ガリガリ……』も同時にしている様だ。

 ふと、影の動きが止まった。

 同時に音も止む。

 静寂が辺りを包み込み、影はズルズルと這い擦る様に玄関から離れて、庭の真ん中辺りまで移動すると起き上がった。

 当初それが、影そのものに私は見えていた。けれど庭の中央で薄明かりの中佇む影は、


 女だった──


 黒い髪を振り乱し喪服の様な黒い服を着て、黒い女が立っている。

 女は私の視線に気が付いたのか、ゆっくりと顔を上げ、そして目が合った。

真っ赤な口紅が乱暴に引かれている歪んだ唇が、満面の笑顔を作る。


「ぎゃははははは…………!!」


 女は笑っていた。

 私は即座にカーテンを閉めた。

「警察にすぐ電話して!」

 怯えるねねちゃんに、枕元にあったスマホを握らせる。

『バリ────ンっ!!』

 何かが階下で叩き割られる音が響く。

「今の!? まさか家の中に入って来るつもりじゃ!?」

 ねねちゃんが、怯えながら叫んだ。

「大丈夫、みんながいるし、ともかくねねちゃんは電話を! 富岡先輩!!」

「うんっ!!」

 私と富岡先輩は、怯えて震えているるねねちゃんを部屋に残し、音のした階下の様子を見に行く事にした。

 部屋を出ると2階の階段の上から、一階の様子を伺っている山寺先輩がいる。

「たぶん……台所の方だと思うよ……」

 私たちは無言で頷き、音を出さない様に慎重に階段を降りて行った。

 私は二階の廊下にあったモップをギュっと握っていた、こんな物でも何もないよりは、手に武器があると思えば少し心強い。

窓から女と目が合った時、私は確信していた。

 彼女は……、やはり人間だ。

 一階に辿り着くと玄関で威嚇しながら、激しく吠えるマロンの足元に、持明院先輩が倒れていた。

「せ、先輩っ……!?」

 急いで駆け寄ろうとした私の肩を富岡先輩が掴んで制止する。

「桃ちゃん」

「はい?」

「輪ちゃん、寝てるだけだから起こさないでいいよ」

「はっ?」

 近くに寄って確認すると、確かに持明院先輩からは規則正しい寝息が聞こえていた。

 この状況下、しかもあんな音がしてマロンが吠えたてているというのに爆睡するとか、やはり持明院先輩としか言えない。

「起こすと面倒だし……寝かしておこう」

私の後ろから来た山寺先輩がそう言って、毛布まで掛けてあげている。

「そうですね」

 その意見に賛同した私はマロンの背中をそっと撫でて落ち着かせると、未だ夢の中にいる先輩の前を通り過ぎ耳を澄ましてみた。

『ジャリ……ジャリ……ジャリ』

 何かを踏む足音が、聞こえる。

 三人で顔を見合わせ頷き合うと、ゆっくり音のする方向へ私達は近づいて行った。