そして、私の頬にそっと触れた。

「大丈夫、さすがにここじゃキス以上はしないよ?」

「えっ……えっ……」

 頭の中が沸騰していた、どうする事も出来ずにいると、先輩は……

 手できつねの形を作って私の頬をつっついた。

「へっ……?」

「フフっ、なんてねびっくりした?」
 
呆けるている私に先輩は微笑んだ。

「それともがっかりした?」

「えっ……!?」

 また大きな声が出そうになって、私は自分の口を自分の手で押さえた。

「今度、ちゃんと返事がもらえたらね」

 またそれも、冗談なのか本気なのかわからない。

「………あっ、えっと、な、私、なんか眠くなってきました、も、もう、ね、寝ますね、お、おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」

 気絶寸前の私は毛布を被り、高速で脈打つ心臓を静かにさせる事で必死になった。


 それからどのくらい時間が経ったのだろうか。

 心臓もようやく平常運転に戻っている。

 色々ありすぎて眠る事なんて出来るワケもなく、ただベッドの中で体を丸めて目を閉じていた。

 少しでも眠ろうという思いに反して、ナゼか頭はいつもより覚醒してゆき、薄暗闇の中で、感覚だけが研ぎ澄まされてゆく気がする。


 そんな中、微かだが何か階下から響く音が耳に入って来た。


 その音は『カリカリ……カリカリ……』と何か固い物を引っ掻いているようで、昔家で飼っていた猫が、柱で爪を研ぐ時の音に少し似ていた。


『カリカリ……カリカリ……カリカリ……』


 何処からこの音が来るのか、耳を澄ませる。


『カリカリ……カリカリ……』


 とても近い様だが、正確な場所迄はわからない。


『カリカリ……カリカリ…………ガリガリガリガリ…………』


 音は突然勢いを増し、狂気じみた不快音へと変わる。

「この音……!?」

 私が起き上がり富岡先輩の方を見ると、先輩は人差し指を唇に当てて「しーっ」とジェスチャーをして来た。

 先輩もどうやらこの音に気付いているみたいで、意識を音に集中させ、出所を探っているみたいだ。

「桃香ちゃんどうかしたの……?」

 ねねちゃんも起きてしまい、私はこそっと変な音がする事だけを伝えた。

音はまだ、小さくなったり大きくなったりを繰り返している。

「下から聞こえるみたいだね……、桃ちゃん窓から何か見える?」

 富岡先輩に小声で指示を受けた私は、無言で頷くとゆっくり布団から起き上がり、カーテンを少しだけめくって外の様子を伺った。

 隙間からは、まず街灯が照らす家の前の道と、門扉が見えたが特に変わった様子は無く、庭にも特に異常は無い様だ。

 玄関は真下になるので少し見づらいが、ぼんやりとしたポーチライトの下に何か蠢く影の様な物がチラチラと視界に入る。


 私は影を凝視した──