持明院先輩は待ってましたとばかりに、二度、三度とコクコク頷いて、キッチンの方へと行った。

 ちなみに、キッチンはシンクがダイニングに面しているカウンタータイプの物で、どの位置からもその場所はよく見える。

 持明院先輩はキッチンに立ち、身振り手振りでその時の再現を始めた。

「オレがココで食器を洗っていて、豊国が隣で食器を拭いていたのだが、そうしたら……」

「う、後ろの窓に……」

 シンクの後ろにある壁に面した大きめの出窓の方を、ねねちゃんが怯えながら見つめた。

「そっちの方から何か音がして…………。持明院先輩が窓を空けて外を確認したの」

 その時の様に、持明院先輩が窓を開けて見せた。

 この出窓は、どうやらねねちゃんのおうちの裏庭に面しているみたいだ。

私は窓から身を乗り出して外の様子を伺った。

しかし、そこにはもう人の気配はなかった。
 こじんまりとしたスペースに、物干し台が見えるだけだ。

「ココにいたの?」

 ねねちゃんは、立ち上がると持明院先輩の後ろから窓の外を指差す。

「そこの、生垣の所に……」

 裏庭には、路地との間に可愛い白い薔薇の生垣がある。

「その生垣の向こうから、コッチを見てたの……」

「それを持明院先輩も、見たんですね?」

「そうだっ! ああいったエキセントリックな物に人生で初めて遭遇した!! 今日は記念日だ!!」

「山寺先輩、写真は?」

「撮った……一瞬だったけどね」

 生垣の前には、街灯があり蛍光灯が路地裏を照らしている。

「輪ちゃんが見えたって事は、確実に人間だね~」

 富岡先輩が一人言の様に呟く。

 しかし、山寺先輩の撮影した写真を見た私は言葉を失った。

「……コレって」

「なになに? どうしたの?」

 富岡先輩が私の見つめるカメラのディスプレイをのぞき込んだ。

「はっきり写ってる……」

 そう、その写真にはぼんやりと髪の長い女が写っていたのだ。

 山寺先輩の写真には、この世のものではない輩はハッキリ写せても、普通の人間はピンボケにしか写らない。

「でも……半分ボヤけているね……」

「これってどういう事ですか?」

「さぁ……俺もこんな写真が撮れたのは初めてだから……」

 はっきりと写っているのなら、人ではないものだろう、勿論、ピンボケならば人間だ。

 けれど、これはその半々といった所。

 うっすらと、私もこの写真から不穏な空気を感じている。

 でも、霊とはやはり何かが違う。

「人間ではあるけれど、異形の存在に一歩近づいた存在って事じゃない?」

 富岡先輩は、眉間に皺を寄せながら、かろうじてわかる女の姿を見つめて言った。

「どういう意味ですか?」

「う~ん、ほら口裂け女やひきこさんなんて都市伝説、ああいうのってっさ人間が怪物になったそんな話でしょ?」

「確かに、幽霊なんかとは違いますけど」

「人間もさ、行くとこまで行けばこの世ならざる存在になれるんじゃないのかな~って」

「女性は……思いの力で鬼にも蛇にもなるっていうからね……」

 山寺先輩は納得したのか、深く頷いた。

「じゃあ、黒い女は怪物になりかけている人って事ですか?」

「そういう事。まっ、とりあえず警察に連絡してから家の戸締まりをもう一度確認しよう」

 富岡先輩が冷静に判断して、そう言うと警察へ電話をしてくれた。

 持明院先輩が部屋の戸締まりを確認しに行き、私はその場に残って震えるねねちゃんの手を握り彼女を落ち着かせる。

 ちょうど近所を巡回していたお巡りさんが来て、二人の先輩とねねちゃんに詳しい話しを聴いた。

「いいか!? オレはこの目で未確認生物の目視に成功したのだ!」

 と、本気で言っている持明院先輩に若いお巡りさんはたじたじで、山寺先輩がその間に入り冷静に対応してくれたのが救いだと思う。

 しかし今回は特に何も被害が無かった事もあり、いつもよりパトロールを強化してくれる事を約束してお巡りさんはすぐに帰ってしまった。