そこには、女がいた────

 だが、その出で立ちはかなり異様な物だった。

 初夏の陽気にもかかわらず、真っ黒の長袖のワンピースに黒のパンプス。

ストッキングは所々伝線しており、腰よりも長い黒い髪は全く手入れしていないのかボサボサで、髪に隠れて顔はあまりわからなかったが、唇よりも大きく引かれた真っ赤な口紅だけは確認出来た。

 そして、何よりも女からは異臭がしていた。

(どうしよう怖い人だ……電話……ううんもう少し行けば駅前だもの、そこまで行って誰かに……)

 ねねちゃんはそう思い、その場から駆け出そうとした。

 その時だった──

「……ねぇ……返して……よ~……」

 女が突然話し掛けて来た。

「えっ…………?」

 ねねちゃんはその声に驚き、まるで金縛りにあったみたいにその場から動く事も出来ないでいた。


 気づけば、女の顔が目の前にあった。


 その目は異様な程に血走り、左右の目の視点はバラバラにピクピクと動く。

 そうして、恐ろしい形相でねねちゃんに不気味な笑顔を向ける。

「なんでアンタなのよ……アンタが彼を……彼を……奪いやがったなああああああああああああああああぁぁっぁぁぁっぁ!!」

 女は絶叫した。

 悲鳴とも怒号ともつかない女の声が、静寂と時折通る車の音の間で響き渡った。

「…………ひっ!!」

 ねねちゃんはあまりの女の異常な様子に驚き、我に返るとすぐさまその場を逃げ出した。

 どこをどうやって走ったかは覚えていない。

 なんとか人通りのある駅まで来る事が出来ると背後にあった女の気配は消えていた。

電車に乗ると気持ちも落ち着いて来て、無事に自宅に辿り着く事が出来た。


 しかし──
 話しはこれで終わらなかったのだ。



その日の深夜、さっきの事を思い出してねねちゃんはなかなか寝付けずにいた。

 目をつぶると瞼にあの女の不気味な笑顔が思い出され、ベッドの中でただゴロゴロとしていた。

 そうして、ようやくウトウトとし始めた頃。

『ワン! ワン!』

 庭の方から、ねねちゃんの愛犬・ゴールデンレトリバーの【マロン】鳴き声がして来る。

『ワン! ワン! ウぅ──ッ……ワンッ!!』

 マロンは、性格がとてもおとなしい犬で、滅多に吠えたりはしない。

 ただ事ではない、胸騒ぎがした。

(まっ……まさかさっきの……!?)

 ねねちゃんの家族は、お父さんとお母さんとの三人だったが、お父さんは出張中の為、実質お母さんとの二人暮らしだ。

(どうしよう……とりあえず様子を……)

 震えながらベッドから降りると、まずは気付かれない様にそっと窓から様子を伺う事にしてみた。

 彼女の部屋は2階、窓は玄関の上辺りに面している。

 そっと、カーテンをめくり隙間から下を確認してみた。

 玄関の側に、マロンの小屋がありその側では

首輪に繋がれたマロンが必死に吠えている。

 そして、マロンが吠える辺りを目を懲らして見ると。

「……………っ!?」

(なっ、なんで……!?)


 そこには、やはりさっきの女がいた。


 ねねちゃんは、あまりの恐怖にガタガタと震え出した。

(どうしよう……あの女が……)