この感覚は……
 背中を嫌な汗が伝う。

 悪寒が走るとはまさにこんな感じなのだろう、ザワザワと肌が泡立つ。

「チッ! 面倒クセーなホント、なんなんだよオマエら探偵気取り? ホント迷惑だわっ! でもまっ、この事が公になったって困るのは村井だからな、オレには別にダメージねーし」

 森下さんは私たちを見て、ニヤっと笑った。

 それを見て、私の気分は一層悪くなる。

 それにしても、寒い……。

 もうすぐ夏になるという時期だというのに、吐く息は白く見える。

「藤城さん……?」

 私の異変に気づいて、山寺先輩が心配そうに声をかけてくれた。

 この感覚。

 寒くて凍えそうなのに嫌な汗が止まらない、そう今ここには。

 この世ならざる存在がいる──

「つーかさ、コイツ、オレに堂本と別れるようにしつこく何回も言って来てさ~」

「それは~森下君が堂本さんと~村井さんの二人を、二股かけてたからじゃないのかい?」

 富岡先輩は呆れたと言わんばかりに、森下さんにじっとりとした視線を向けた。

「はっ!? ちげ~し、なんでオレがこんなダッセー女と付き合うんだよ!? 確かに、二股はかけてっけど、それは一年の新入生だよ」

「えっ!? ちょっと待って下さい! どういう事ですか!?」

 じゃあ、村井さんは森下さんに片思いをしていたとか?

 それで、堂本さんに嫉妬した?

「いやね~、本当の事言うと、校内では二股だけどさ、校外にもオレ何人か彼女いるから、村井みたいな女と遊ぶヒマもねーつーの」

「…………」

 ゲラゲラと森下さんは笑い、村井さんは唇を噛みしめただ黙っていた。

 村井さんの後ろからグレーの影がモヤモヤと沸き出している。

 それはゆっくり段々と、顔の様な形になっていく。

 その顔に、私は見覚えがあった。

「まあ、本当は堂本もただの遊びだったんだけどさ、冗談半分で付き合っただけなんだよね、動画の視聴者にはその流れのが受けがいいかと思って」

「動画で? どういう事です?」

「えっ? あ~、堂本からメッセで大事な話があるってきてさ、なんとなく告白かと思ったオレは、それをスマホでこっそり撮影して動画に流してたってワケ」

「最低よ……コイツ、なんでもかんでもネタにして、愛の気持ちを踏みにじった……」

 グレーの影はハッキリとその姿を、森下さんの後ろで人のモノに変えていた。

 その時、山寺先輩は森下さんに向けてカメラのシャッターを一枚切る。

そうしてディスプレイをちらっと確認し、ポツリと言った。

「森下君……キミは堂本さんの事どう思っていたの……?」

「……はっ? 急になんだよ?」

「好き……だったの?」

「はっ!? だから言ったろ? 動画のノリで付き合っただけだよ! 好きでもなんでもねーよ!?」

「そう……じゃあ、キミはキミの受けるべき罰を、彼女から受けるべきだ……」


 ポタ……ポタ………


「うわっ……なんだ?」

 森下さんに水滴が落ちた。

 それは、額から頬へと伝い赤黒いラインを作って首筋へと流れていく。

 森下さんは手でソレを拭き取り、懐中電灯で照らした。

「なんだよコレ……まさか血……? おっ、おい、なんだよこれ!? あんた達か?」

 私たちの方を睨む森下さんの後ろ、ちょうど例の鏡がある。

 そこには森下さんの背中と共に、うっすらと影が見えた。

 ポタ……ポタ……
 ズズっ……ズルっ……

 水滴の落ちる音に混じり、ナニかが鏡の奥から這うように、ゆっくりゆっくりと近づいて来ていた。

「おっ、おい! ヤメロよ!? どうせドッキリとかなんだろ!?」

 森下さんは懐中電灯で音のする方を照らした。

 そこにあるのは、鏡だ……。


 映っているのは、森下さんと……もう一人。


 それは──


 首の角度がおかしな方向に向いている、血まみれの堂本さんだった。

「あっ、愛!?」

「ひっ!! 堂本っ……!!」

 ゆっくり、ゆっくりと、血まみれの堂本さんは鏡から這い出して来る。

「…………森下……部長……ゆるせない……」

 森下さんはその場で腰を抜かして、ジタバタと身じろいで後ろに後退った。

「森下ぁぁぁぁぁ……ゆる……せな……い……」

「うわぁあああっ!! オレは悪くない!! 悪くない!! オマエが告白してきたから付き合ってやっただけだろっ!?」

 腰を抜かして床を這いずる森下さんに、堂本さんが覆いかぶさった。

 堂本さんの血が森下さんにボタボタとこぼれ落ちる。

「うわぁあああいやだぁあああっ!! 助けてくれぇぇぇっ!!」

「…………ゆる……せない」

 そのまま、覆いかぶさった状態から堂本さんは森下さんの肩を掴むと、凄い力で鏡の中に引きずり込んでしまった。

 気がつけば、堂本さんも森下さんの姿も消えていた。

 床にも、血の一滴すら残っておらず。

 ただ、放心状態で天井を向いたままの村井さんがいた。

 私達は、その日確かに鏡の少女の怪に遭遇した。