その日―

 授業が終わり帰る支度をしていた私は、クラスメイトの名前すらまだ覚えていない子に突然声を掛けられた。


 思えばコレが悪夢の始まりだったのだが……。

「あっ、あの~、ふっ、藤城さん? なんか廊下で、先輩が呼んでるんだけど……」

 私はカナリ挙動不審気味なその子に、なんとも言えない違和感を覚えた。

「先輩?」

「あっ、あのね……、持明院(じみょういん)……先輩が……」

「持明院…………?」

 その名前にはどこかで聞き覚えがあった。

 確か……、学園理事長の名前が、そんなんだったはずだ。

 更に、その理事長の孫とやらが高等部の2年生にいたはず。


 だけど、その持明院さんが私なんぞになんの用があるというのだ。


 とりあえず、名も知らぬクラスメイトに「ありがとう」とだけ言って、先輩がいるという廊下に出てみた。


 そして、驚愕した!!


 そこには、多分私がこれまで生きて来た中で、お会いした事がないレベルのイケメンがいた。

 少し色素の薄い栗色の髪、切れ長の目に鼻筋の通った美しい造形美を持つ整った顔立ち。

背も高く雑誌のモデルがそのまま出てきちゃいました! と言われてもなんの疑いも持たず信じるだろう。


 背後から後光の指すレベルの美男子が目の前に立っている。

「ちょっといいか?」


 優しく、それでいて落ち着いた、声までまさにイケメンボイスだ。

「わっ、私ですか?」

 持明院先輩は、制服のポケットから、手帳を取り出し開くと、食い入る様にそれを見ていた。

ちらりと見えたページには、なんだかたくさんの書き込みがされていて、私と手帳をマジマジと見比べている。

「あっ、あの~~……」

 廊下を行く生徒達がジロジロと私達、いや持明院先輩を見て通り過ぎて行く。

 女子生徒からは黄色い悲鳴が、たまに男子生徒までが頬を赤らめていた。

「ちょっとコッチへ来い」

「えっ……? あのっ? あのっ?」

 私は先輩に言われるがまま、腕を引かれて校舎の中を歩いて行った。


 そして、しばらく連れ回されると、いつの間にか見た事もない場所に辿り着いた。

「ここは……?」

 廊下の壁には、プラスチックのプレートで案内板が出ている。

[文化部部室棟]そう書いてあった。

「着いたぞ」

 持明院先輩は、一番奥の教室の前で立ち止まった。

 扉のガラス窓が割れてしまっていて、それをガムテープで貼り付けてある。

 かろうじて残っている磨りガラス越しに見える限り、暗幕の様な黒いカーテンが貼られてあるのか、残念ながらここからは何も見えない。

「あの~……、ここは?」

「いいから中へ入れ、説明は後だ!」

 私は恐る恐る、教室の扉に手を掛けてゆっくりと開けた。

 中はほとんど真っ暗だった。いや、ほぼ闇だった。

 教室の中の窓にも遮光カーテンが引かれているので、昼間だというのに室内に光は届いていない。

微かに慣れた視界で確認出来たのは、乱雑に置かれている机と椅子、それだけの場所だ。

「あの……、ここは一体?」


 そう言って振り返ると、扉は勢い良く閉められてしまった。

「えっ……!? あのっ、ちょっと、すみません!」

 扉は全く開かない、向こうから誰かが押さえ付けている様に動かない。

 と、言っても誰が押さえ付けているのかは明白だ。

持明院先輩しかいない。

「ちょっと、持明院先輩! 止めて下さいっ! 悪ふざけしないで下さい!!」

 扉を、ドンドンと叩いた。

 しかし、一向に開く気配は感じられない。


 その時ふと、私は自分の後ろに何かの気配を感じた。