「……あのっ、まずはこの噂の事をもう少し調べてみた方が良くないですか? それがただのデマだったら無駄足ですし」
私はなんとか先輩を説得しようと試みた。
勿論、今日じゃなくても夜の学校になんていたくはないが、持明院先輩がこのまま行かないで済ませるなんて事は、例え天と地がひっくり返ってもないだろう。
それならば、他の日はもうただただ辛抱するとしても、今日だけは絶対に阻止したい。
なぜならば……
今日、ウチの晩ご飯はスキヤキなのだ!!
しかも!!
お父さんが会社の人から貰った、A5ランクの松坂牛の入ったスキヤキなのだ!!
A5ランクのお肉……そんなもの、これからの人生で何回食べられるかわからない。
きっと、持明院先輩なんかに言ったら鼻で笑われるか、ものすごく怒られるかもしれない。
でも、A5という言葉自体、用紙の大きさでしか滅多にお目にかかる事が出来ない庶民の私にしてみたら、これは大変重大な問題だ。
「……サンセー……現場に行くのは、もっと調べてからでいいんじゃない?」
私の発言に山寺先輩の援護射撃が加わり、富岡先輩もうんうんと何度も深く頷いた。
「調べる? ナニを調べるっていうんだ? こういうものはまず現地調査が基本だろう」
「鏡の事とか……元々、鏡詣りっていうのが話のはじまりなわけだから……持妙院のじいさんなら、鏡の素性とか知ってるんじゃないか……?」
「そうだね~、確かに普通は非常階段なんかに鏡なんてつけないしね~」
「…………! まぁ、もっと[いわく]を調べてから言った方が恐怖度も増すかもしれないな。いいだろう! それならオレは祖父に話を聞くから、オマエらはその怪談の体験者の生徒を見つけ出せ!」
とりあえず、今日の部活はそれでお開きとなり、私は少し安堵した。
帰り際、校門を出た所で私は富岡先輩と山寺先輩に偶然再会した。
「あっ、桃ちゃん、さっきはサンキュ~ね~、助かったよ~」
富岡先輩は手の平をひらひらさせながら相変わらず愛嬌のある笑顔だが、山寺先輩は大きなあくびをしてカナリ気怠そうだ。
「いえっ、さすがに今日と言われたら突然すぎますし、A5ランクは逃せませんし……」
「A5ランク? 何? ゲーム?」
「あっ、いえこっちの話です!」
そう、私は今日、なんとしてでも早く帰って食べなければいけないのだから。
A5ランクを!!
「オレらもさすがに今日はね~、彰は店の手伝いあるし、オレは剣道の稽古あっから」
「あっ、でも、富岡先輩や山寺先輩は好きなんじゃないんですか? そういう心霊とかオカルトみたいなものが」
「オレ達? 全然っ! 興味無いよ~。輪ちゃんに付き合っているだけ~」
「そっ、そうなんですか?」
「うん、うちの神社、剣道の道場もやってっから、朝の稽古とかもあるし。部活は入らないでいようってオレなんかは思ってたし」
「新聞部だから……入るつもりなんてオレはなかった……」
「えっ!? じゃあ、なんで?」
二人とも何か持明院先輩に私みたいに弱みでも握られているのだろうかと、一抹の不安を感じる。
「あ~っ。でもね、オレは心霊研は好きだからさ~、何より輪ちゃんが面白いから~」
「一緒にいて飽きない……」
富岡先輩はケラケラと笑い出し、山寺先輩は相変わらずの無表情のまま、指先で眼鏡のフレームをあげる。
「はっ……はぁっ?」
「だから、オレたちは輪ちゃんが好きだから心霊研にいるって感じ。桃ちゃんもきっとそのうちわかると思うよ~」
「はぁ……?」
本当に、わかる日が来るのかは謎だ。
その日は、そんな事を思いながら私は帰路に着いた。