この街は政令都市になり変貌した。
駅前からストリートが垂直に伸びる様に走っていた。ストリートの両脇には街路樹があった。それが何て名前の街路樹なのか知る前に色を変え枯れ落ちる。
ふと、プラタナスの街路樹とはどんなものだろうかと考えた。何かの歌詞でプラタナスという言葉の響きが気にいって覚えていただけかも知れない。
真っ先に開けるべきドアに向かうことが出来ずに私は街を彷徨していた。
あたしの店がある路地の入り口で最近路上販売をやっている青年がいた。
「これは、ミサンガというものかい?」
「いや、違うんだマダム、ミサンガは切れてしまうかもしれないが、俺のはミサンガ風に糸で編むブレスレットなんだよ」
あたしはマダムと呼ばれて新鮮な気持ちになった。
「だから、俺のブレスレットは切れないよ」
「切れないっていうのがいいね」
「どんな色で編む?」
赤、黒、青、黄、緑、白、ほとんどの色の糸が並んでいた。
「悲しみの色って何色だい?」
「悲しみの色か、暗い色がベースだけど・・・ちょっと待って考えるよ」
あたしは店の電話番号を彫った名刺を青年に差し出した。名前には”ユウコ”とだけ書いてある。
「出来あがったら連絡くれないか?取りに来るよ。あたしの店はこの路地の奥にある」
「Yes Ma'am 俺は虎次だよ」
あたしが店を開けて支度していると、ピアニストのマリアが入って来た。
「ママ、おはよう、路地の角で路上販売しているブレスレット屋さんが大繁盛してるわ」
と言うとマリアは悪戯ぽく笑った。
「えっ?そうなのかい?」
「そう、誰かさんのせいで」
そう言うとマリアはピアノを弾き始めた。
♪ MY FUNNY VALENTINE
しばらくするとカウベルが鳴った。虎次だった。
「仕事の邪魔はしたくなかったのだけど」
「電話をくれれば取りに行ったのに。店をほったらかしておいて大丈夫なのかい?」
「お客さんが店番していてくれるから、早くマダムに届けて来いって」
「えっ?」
「最初にそこのお姉さんが、マダムと同じものをと注文くれて」
虎次がマリアに視線を向けた。
マリアは素知らぬ顔でピアノを弾いている。
♪ MY FUNNY VALENTINE
「そのあと屈強な身体をした体育系の男と、皮ジャンがキュートな美少女がやって来たかと思うと、「俺達にも同じものを」と言って、すかさず美少女がSNSで流したみたいでね」
「そういうことかい?マリア」
♪ MY FUNNY VALENTINE
「そうすると、あっという間に人が集まって来て。白衣をコート代わりに羽織ったおっさんとグレーのスーツを着た堅そうな紳士が競うように飛んで来て「ママと同じものを作れ」と目を剥いて迫って来た。そのあとは、悪そうな刑事風な奴が知らん顔して並んで、スリーピースにベレー帽をかぶった英国紳士のような男に、ひょこひょこ歩く爺さん、最後は全身黒づくめでネクタイにだけ一本の赤いバラが刺繍してある、どこからどう見ても筋者だろうという男が並んだんで、みかじめ料なんて払う気はないと言ったよ」
「この街の愚か者のオンパレードだね。最後の筋者はこの街の裏社会を牛耳る顔役の陣野だが、一般人に手を出すような奴じゃないから安心して大丈夫だよ」
「そういうことなんで、俺はこれを作りにすぐに店に戻らないとならない。マダムが気にいってくれたらだけど」
と言って、虎次がブレスレットをカウンターに置いた。
あたしは、それを手に取った。
「黒と白をベースにして編んだ糸が悲しみで、そこに走る涙のような青い糸。悲しみを涙で流した先に見つけるのは、黄色い糸で表現した希望、ということかい?」
「マダムには俺の想いが伝わると思っていた」
あたしはそのブレスレットを腕にはめてもらった。
「いいねぇ、虎次。このブレスレット気にいったよ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
虎次には特に色を付けずに言われた金額を払った。
「このピアノいいね、俺は音楽のことは分からないけど、この曲がとても気持ちいい」
「マリアのピアノは心を映すのさ、虎次の心が優しい想いを連れて来てくれたのさ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
♪♪ 素敵な私のヴァレンタイン
私をいつも笑わせてくれる
おかしな顔つきで、写真には向かないけれど
でも私にはお気に入りの芸術品なの
姿はギリシャ彫刻より劣るけど
口元も弱々しい感じ
話し方だって、とてもスマートとは言えない
でも、髪の毛一本だって変えないでね
もし私のことが好きなら
そのままでいて 愛しいヴァレンタイン 変わらないで
毎日がヴァレンタインディなの
「なぜ、マダムはそんなに悲しい目をしているの?」
虎次がお金を財布にしまいながら、あたしの眼を見る。
「ふふん、女、だからね」
「マダムは、笑顔が似合うと想うよ。マダムを慕う愚か者達がいっぱい待っているのだから」
「虎次、ありがとよ。商売をがんばりな」
「Yes Ma'am 」
虎次は愚か者達が待つ路地へと戻って行った。
「ねぇママ、あとでこの店の中は、同じブレスレットをした愚か者達でいっぱいね」
「おかしな風景だね、それも。でもあたしの可愛いヴァレンタイン達さ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
「ここは、FOOLという名のBar
愚か者が静かに酔い潰れるための店
今宵は、どんな愚か者達がやって来るだろうか?」
駅前からストリートが垂直に伸びる様に走っていた。ストリートの両脇には街路樹があった。それが何て名前の街路樹なのか知る前に色を変え枯れ落ちる。
ふと、プラタナスの街路樹とはどんなものだろうかと考えた。何かの歌詞でプラタナスという言葉の響きが気にいって覚えていただけかも知れない。
真っ先に開けるべきドアに向かうことが出来ずに私は街を彷徨していた。
あたしの店がある路地の入り口で最近路上販売をやっている青年がいた。
「これは、ミサンガというものかい?」
「いや、違うんだマダム、ミサンガは切れてしまうかもしれないが、俺のはミサンガ風に糸で編むブレスレットなんだよ」
あたしはマダムと呼ばれて新鮮な気持ちになった。
「だから、俺のブレスレットは切れないよ」
「切れないっていうのがいいね」
「どんな色で編む?」
赤、黒、青、黄、緑、白、ほとんどの色の糸が並んでいた。
「悲しみの色って何色だい?」
「悲しみの色か、暗い色がベースだけど・・・ちょっと待って考えるよ」
あたしは店の電話番号を彫った名刺を青年に差し出した。名前には”ユウコ”とだけ書いてある。
「出来あがったら連絡くれないか?取りに来るよ。あたしの店はこの路地の奥にある」
「Yes Ma'am 俺は虎次だよ」
あたしが店を開けて支度していると、ピアニストのマリアが入って来た。
「ママ、おはよう、路地の角で路上販売しているブレスレット屋さんが大繁盛してるわ」
と言うとマリアは悪戯ぽく笑った。
「えっ?そうなのかい?」
「そう、誰かさんのせいで」
そう言うとマリアはピアノを弾き始めた。
♪ MY FUNNY VALENTINE
しばらくするとカウベルが鳴った。虎次だった。
「仕事の邪魔はしたくなかったのだけど」
「電話をくれれば取りに行ったのに。店をほったらかしておいて大丈夫なのかい?」
「お客さんが店番していてくれるから、早くマダムに届けて来いって」
「えっ?」
「最初にそこのお姉さんが、マダムと同じものをと注文くれて」
虎次がマリアに視線を向けた。
マリアは素知らぬ顔でピアノを弾いている。
♪ MY FUNNY VALENTINE
「そのあと屈強な身体をした体育系の男と、皮ジャンがキュートな美少女がやって来たかと思うと、「俺達にも同じものを」と言って、すかさず美少女がSNSで流したみたいでね」
「そういうことかい?マリア」
♪ MY FUNNY VALENTINE
「そうすると、あっという間に人が集まって来て。白衣をコート代わりに羽織ったおっさんとグレーのスーツを着た堅そうな紳士が競うように飛んで来て「ママと同じものを作れ」と目を剥いて迫って来た。そのあとは、悪そうな刑事風な奴が知らん顔して並んで、スリーピースにベレー帽をかぶった英国紳士のような男に、ひょこひょこ歩く爺さん、最後は全身黒づくめでネクタイにだけ一本の赤いバラが刺繍してある、どこからどう見ても筋者だろうという男が並んだんで、みかじめ料なんて払う気はないと言ったよ」
「この街の愚か者のオンパレードだね。最後の筋者はこの街の裏社会を牛耳る顔役の陣野だが、一般人に手を出すような奴じゃないから安心して大丈夫だよ」
「そういうことなんで、俺はこれを作りにすぐに店に戻らないとならない。マダムが気にいってくれたらだけど」
と言って、虎次がブレスレットをカウンターに置いた。
あたしは、それを手に取った。
「黒と白をベースにして編んだ糸が悲しみで、そこに走る涙のような青い糸。悲しみを涙で流した先に見つけるのは、黄色い糸で表現した希望、ということかい?」
「マダムには俺の想いが伝わると思っていた」
あたしはそのブレスレットを腕にはめてもらった。
「いいねぇ、虎次。このブレスレット気にいったよ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
虎次には特に色を付けずに言われた金額を払った。
「このピアノいいね、俺は音楽のことは分からないけど、この曲がとても気持ちいい」
「マリアのピアノは心を映すのさ、虎次の心が優しい想いを連れて来てくれたのさ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
♪♪ 素敵な私のヴァレンタイン
私をいつも笑わせてくれる
おかしな顔つきで、写真には向かないけれど
でも私にはお気に入りの芸術品なの
姿はギリシャ彫刻より劣るけど
口元も弱々しい感じ
話し方だって、とてもスマートとは言えない
でも、髪の毛一本だって変えないでね
もし私のことが好きなら
そのままでいて 愛しいヴァレンタイン 変わらないで
毎日がヴァレンタインディなの
「なぜ、マダムはそんなに悲しい目をしているの?」
虎次がお金を財布にしまいながら、あたしの眼を見る。
「ふふん、女、だからね」
「マダムは、笑顔が似合うと想うよ。マダムを慕う愚か者達がいっぱい待っているのだから」
「虎次、ありがとよ。商売をがんばりな」
「Yes Ma'am 」
虎次は愚か者達が待つ路地へと戻って行った。
「ねぇママ、あとでこの店の中は、同じブレスレットをした愚か者達でいっぱいね」
「おかしな風景だね、それも。でもあたしの可愛いヴァレンタイン達さ」
♪ MY FUNNY VALENTINE
「ここは、FOOLという名のBar
愚か者が静かに酔い潰れるための店
今宵は、どんな愚か者達がやって来るだろうか?」