突然だが、カナメは所謂オタクだ。
高校時代には漫研に所属し、同人誌即売会などのイベントに行っては同人誌の頒布にコスプレもしていた。
普通なら気持ち悪いと言って避けられてしまう様な人間ではあったが、高校に入ってすぐに出来た友人とずっと仲が良いのと、カナメ自身の見た目が標準以上と言う事も有り、特につまはじき物にされると言う事も無く高校時代を過ごした。
 そんな訳で、オタクであると言う事に全く引け目を感じていないカナメ。
高校を卒業する少し前から、同人誌系イベントに参加する頻度が少し増えた。
 行きたいイベントは月に一回か二回くらいのペースで有るのだが、それら全てに参加していると、課題の布を買えないどころか食費も危うくなる。
なので、全てに参加したいのは山々なのだが、二ヶ月に一回くらいの割合でサークル参加をしている。
 イベントに参加すると、いつも隣に配置されるサークルが一つある。
扱っている内容の関係で毎回隣になっている訳なのだが、人見知りしがちなカナメでも、毎回毎回隣に座られれば親しくもなる。
 イベントの後、他の参加者は団体になって打ち上げに行ったりするのだが、カナメとそのお隣さんは過去に打ち上げに参加して周りと全く話が合わなかったと言う経験があるので、カナメと二人で会場近場のレストランやラーメン屋で話に花を咲かせている。
 この日もイベントで、お隣さんと一緒にイベント会場近くのレストランでお茶をしていたのだが、ふとカナメが訊ねた。
「そう言えば美夏さん、イベント以外でも良くこの辺に来るって言ってたけど、この辺りに出やすい所に住んでるの?」
 アイスティーに刺さったストローをカラカラと回しながら興味ありそうな顔をするカナメに、お隣さんこと美夏はアイスティーのグラスを両手で包み、笑顔で答える。
「うん。ここまでは電車一本で出られるわよ」
「へぇ、そうなんだ。
僕もここまで電車一本で出られるんだよね」
 そんな話も織り交ぜつつ、今回と次回以降のイベントの話もしつつ、二人は少し名残惜しそうに会計をして店を出る。
店を出るとそのまますぐ近くにある駅の入り口へと入って行き、エスカレーターを降りて改札をくぐり、ホームに入り、電車に乗る。
電車に揺られながら、カナメは隣でつり革に掴まっている人におずおずと問いかける。
「あの…… 美夏さん?」
「何?」
「美夏さん、この電車で良いの?」
「えっ? カナメさんこそこの電車で良いの?」
「えっ? 僕の家はこっち方面なので……」
「あら奇遇。私もこっち方面なのよ」
「そうなんだ」
 よく考えたら美夏もあそこまで一本で出られる所と言っていたし、路線が同じなら途中まで同じ電車でも何らおかしくは無い。
そう思いながら二人で電車に乗り、同じ駅で降り、駅を出て同じ方面に歩き始める。
「あの…… 美夏さん?」
「何?」
「美夏さんの家、この辺なの?」
「えっ? カナメさんこそ家こっちの方なの?」
「えっ? 僕の家はこの近辺なので……」
「あら奇遇。私もこの近辺なのよ」
「そうなんだ」
 そうして歩く事暫く。バス通りを暫く歩き、そこから少し路地に入った所に有る、鉄筋コンクリート造りのエレベーターの付いていないアパート。ここにカナメが借りている部屋があるのだが……
「あの…… 美夏さん?」
「何?」
「美夏さんの家、ここなの?」
「えっ? カナメさんこそ家ここなの?」
「えっ? 僕の家はここの三階なので……」
「あら奇遇。私はここの四階なのよ」
「そ、そうなんだ」
 まさか同志が近所というレベルでは無く近所に住んでいる事に、カナメは驚きを隠せない。
 アパートの前で思わず戸惑っているカナメに、美夏がこんな提案を出した。
「ねぇ、折角近所に住んでるんだし、今日の晩ご飯は私のうちで食べていかない?
ご馳走するわよ」
「え? 良いの?」
「疲れてるからごはん用意するのも大変だろうし、だからといってヘタに外食するよりは安く付くでしょ。
もし気になるんだったら材料費を少し出してくれれば良いし」
 にこにこと笑っている美夏のその言葉に、カナメのお腹がきゅるると鳴く。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
 お腹が鳴ったのが恥ずかしいのか、カナメはおなかを押さえ、少し顔を赤くしてそう答えた。

 一旦荷物を自分の部屋に置いてきたカナメは、早速美夏の部屋でもてなされていた。
料理が出来るまでこれでも飲んでてね。と透明なアクリルのコップで出された冷たいお茶は、紅茶の様な色では無く、柔らかな黄色をしている。
「なんだろう……
カモミールと、レモングラスと、あと……」
 カナメが穏やかな顔で香りを嗅ぎ、お茶に口を付けながら成分分析をしている間にも、台所からは油の跳ねる音と電子レンジの音が聞こえて来ている。
料理の音をBGMにお茶を飲んで待つ事暫く、美夏が二つの大皿に盛られたパスタとフォークを持って来て、テーブルに置いた。
「はーい。ペペロンチーノだよ」
「ペペロンチーノ?」
 美夏が持って来たペペロンチーノと呼ばれたパスタは、唐辛子が入っているのは解るが、何故かもったりとした乳成分を纏っている。
「ペペロンチーノって、もっと絶望的な物だと思ってたんだけど、これも美味しそうだなぁ」
「んふふ。うちのペペロンチーノはホワイトソース入れるんだよ」
 ホワイトソースが入った時点で絶望のパスタではない気はしたが、それはそれとして有り難く戴く事にする。
「いただきます」
 美夏に軽く頭を下げてから、カナメはパスタを食べ始める。
唐辛子でピリ辛にはなっている物の、ホワイトソースが優しく刺激を包み込んで、まろやかな味わいだ。
「ん…… どうかな?」
 黙々と食べているカナメを見て不安になったのか、美夏が少し心配そうな顔で訊ねてくる。
その声にはっとしたカナメは、口の中のパスタを飲み込んでから笑顔で答える。
「これすごく美味しい! 作り方知りたいな」
「本当? よかった。
ちなみに作り方は、普通のペペロンチーノにホワイトソース入れるだけよ」
「わぁ、想像以上に身も蓋もなかった」
 二人で話しながらパスタを食べ、料理は美夏が作ったからと言う事で、食器を洗うのはカナメがやった後、二人でまた暫く話しに花を咲かせていた。
その中でふと、カナメが不安そうな顔で美夏に訊ねた。
「ねぇ、美夏さん。女の子の一人暮らしなのに男の人を部屋に入れちゃって、良かったの?」
 少し視線を落としているカナメに、美夏は一口お茶を飲んでから答える。
「本当は良くないんだろうけど、カナメさんってあんまり男の人っぽく無いから大丈夫かなって思って」
 その言葉に、カナメは顔を真っ赤にして頬に手を当てる。
「あ。ご、ごめん。気に障っちゃった?」
 気まずそうな顔をする美夏に、カナメは頭を振って答えた。
「いや、気には障ってないんだけど、うん。大丈夫」
 自分の頬を手のひらで軽く叩いてから、言葉を続ける。
「それなら、今度僕の部屋においでよ。
今日のお礼に何かご馳走するから」
 その言葉に美夏は喜び、早速次の週末カナメの部屋で食事をするという約束をした。

 そして次の週末。
カナメは土曜日も午前中は授業があるので、美夏が部屋にやってくるのは夕食時だ。
昼食は学校でお弁当を食べ、学校帰りに夕食の材料を買って帰る。
 買って帰ったのは、レタス一個とと少し奮発した少量パックのルッコラを二袋、それに肉厚な赤と黄色のパプリカと。オレンジ。
部屋に着くなりレタス諸々を冷蔵庫に入れ、お米を一合測って炊飯器にかける。
お急ぎモードでセットした後、プラスチックのボウルに入れたホットケーキミックスに粉末のコンソメ出汁とパルメザンチーズを入れ、牛乳と水でなめらかになるまで溶く。
それを直径が小さめで縁の少し深いフライパンに流し込み、じっくりと焼いていく。
ホットケーキを三枚焼いた辺りで炊飯器が音楽を奏でたのでお米を耐熱ガラスの蓋付きボウルに移し、砂糖と牛乳を注いでかき混ぜ、あら熱を取らずに冷蔵庫へと入れる。
それから約十分、四枚目のホットケーキが焼けた辺りで美夏に電話をかけ、部屋に来る様に伝えた。

「いらっしゃい。サラダはこれから作るから少し待っててね」
 やってきた美夏を部屋の中に通し、カナメはレタスとルッコラ、薄切りのパプリカとカットしたオレンジに、オレンジの汁で作ったドレッシングをかけたものをガラスの大皿に乗せて持っていく。
 本日の夕飯は、コンソメ味のホットケーキにフルーツサラダ、デザートにライスミルクだ。
「カナメさん凄い。私も見習わなきゃなぁ」
 美夏の言葉に、カナメは照れてしまう。
こうして、カナメと美夏は、偶にお互いの家で料理を食べる様になっていった。