大学も卒業してだいぶ経ち、俺はお寺の手伝いをしながら本格的に退魔師として活動をする事になった。
とは言っても、まだまだ駆け出しだし知名度も無いしで半分無職のような物だ。
そんな感じで学生時代よりも時間にゆとりが出来ていた。
 除霊の依頼を一件片付けたあと、何気なく携帯電話を見てみると、カナメからメールが来ていた。
暇な時に電話くれってなってるけど、今暇だし早速かけてみるかな。
「もしもし、カナメ、何の用?」
 すぐに電話に出たカナメにそう問いかけると、今度彼女を紹介したいから一緒に会わないか。と言う話だった。
そう言えばカナメの彼女って会った事無いな。
 だいぶ前に、カナメに彼女が出来たと聞いた時は凄く複雑な気持ちになったのを覚えている。
何時までもカナメの事を独り占め出来るって、俺は思っていたからかもしれない。
でも冷静になると、独り占めしてどうするんだとか色々ツッコミどころは有る訳で。
照れながら、でも嬉しそうに彼女の事を話すカナメに、やっぱりこいつは男なんだって思った。
カナメが女の子じゃないのは何故なんだと、悶々としていた俺が恥ずかしくなったっけな。
あれ以来、俺はカナメと出会った本当に初期の頃のように、気の合う男友達としてカナメと接する事に疑問を持たなくなった。
 改めて初心に返らせてくれたカナメの彼女には是非会ってみたい。
「なに? 可愛い彼女を俺に見せたいの?」
「えへへ、わかった?」
「お前そんな事言って、彼女が俺に取られたらどうするんですか~?」
「勤はそんな事しないって信じてるから、大丈夫だよ」
「おっ、俺の事そんなに信用してるの?」
 高校の時のような雰囲気で話をしていると、カナメがおずおずとこう言った。
「……それでね、その時に僕、女装していきたいんだけど、良いかな?」
 その言葉で頭によぎったのは、高校一年の時の文化祭。
あの姿がまた生で見られる。
カナメが男だって言う認識が改めて出来て暫く経っては居るし、彼女同伴だと言う事がわかっていても、女装したカナメと一緒に街を歩けると言う事に期待が膨らむ。
「俺は一向に構わないぞ。
それより彼女がなんて言うかじゃないか?」
「彼女と一緒にデートする時は、大体女装してるから」
 女装したカナメとデートだなんて、思わず一瞬カナメの彼女に妬いてしまった。
いやいやいや、だからカナメは男なんだって。
熱くなってきた顔を手で扇ぎながら話を続ける。
余計な話をちょくちょく入れつつ、俺達は今度会う日の段取りを決めたのだった。

 待ち合わせは高級ショッピング街の一角だった。
この辺りも仕事で来る事は有るけれど、私用で来るのは初めてかもしれない。
大きな交差点に面したデパートの前で待っている訳なのだが、例によって早く着きすぎてしまった。
そんな一時間も早く来るとか、俺どんだけ期待してるんだよ……
 しかしそれでも待ち時間三十分程でカナメ達はやってきた。
遠目で見ただけだと、なんだか可愛くてフリフリした服を着た女の子の二人組が居るなぁ。という感じだったのだが、その内の片方が手を振りながら近づいてきたので判別出来たのだ。
「勤、久しぶり」
「おう、久しぶり。この子が彼女?」
「うん、そうだよ。
美夏、この人が僕の友達の勤だよ」
 カナメがそう彼女に俺の事を紹介すると、彼女が上品に頭を下げて、自己紹介をする。
「初めまして、カナメとお付き合いしている小久保美夏と申します。
今後ともよろしく」
「あ、初めまして。
寺原勤って言います。いつもカナメがお世話になってるみたいで」
「いえいえ、私もカナメになんだかんだで支えられていますし」
 そんな当たり障りの無い挨拶をしながら、カナメと美夏さんを交互に見る。
 うう……可愛い……
美夏さんも可愛いと言えば可愛いのだが、何だろう、見慣れているせいもあるのか思い出補正が掛かっているのか、カナメが、じっと見つめる事が出来ないくらい可愛い。
カナメの事を見ていたいけれど見つめていられない。そんな訳で視線を泳がせながら三人で話しているのだが、カナメがこんな事を訊いてきた。
「どうしたの?
落ち着いてないみたいだけど、緊張してる?」
 心配そうな顔をするカナメの言葉に、俺は思わずこんな事を口走る。
「いや、すっごい可愛いと思って……」
 しまった、つい本音が出た。
真意が知られないかどうかひやひやしていると、カナメが笑って口をとがらせ、美夏さんの腕に抱きついてこう言った。
「可愛いでしょ。でも、僕の彼女だからね」
 だからそう言う表情と反応をするお前が可愛いんだって。
「わかってるって、横取りしたりしないから安心しろよ」
 少しぎこちなく笑って、これから何処に行くかなんて話をする俺の頭にカナメに憑いているカエルが飛び乗ってくる。
何かと思って居たら、さすさすと俺の頭を撫でながらこう言った。
「鈍感なご主人様でごめんね」
 今更だし気にするな。そう念を送ると、カエルはケコッと鳴いた後、再びカナメの元へと戻っていった。

 待ち合わせの後に向かったのは、大通りから一本入った所に有る、高級そうな紅茶専門店。
そこでランチを食べてお茶をしようという事になった。
 ここの紅茶は種類がいっぱい有るし、どれも美味しいとカナメと美夏さんは言っているが、銘柄一覧を見ても何が何だかわからない。
普段紅茶なんて飲まないからなぁ。
「どの紅茶がお勧めなん?」
 そう二人に訊くとこう返ってきた。
「僕はスモーキーアールグレイとか好きだけど」
「燻製系は一般受けしないでしょ。
私のお勧めは、癖の無いマーガレットホープですね」
 そう言えばカナメってやや悪食の気があるんだよな。ここは美夏さんのお勧めを素直に頼んだ方が良さそうだ。
そんなこんなでメニューを決め、店員さんを呼んだのだった。

 なんか妙に豪華だったランチメニューも食べ終わり、食後にゆっくりと紅茶を飲んでいる。
紅茶って馴染み無かったけど結構美味しいな。美夏さんの見立てが良かったのだろうか。
カナメは先ほど言っていたスモーキーアールグレイというのを注文していたけれども、うん、なんて言うんだろう、微かに香ってくる匂いで、カナメのお勧め通りにしなくて良かったなんて思ったり。
 雑談をしている内に、仕事の話になった。
カナメは今は家族の仕送りと障害者年金で生活しているそうなのだが、美夏さんの職業を聞いて唖然とした。
まさか、まさかだよ?友人の彼女が軍属で、結構上の方の地位だなんて思う訳も無いじゃ無いか。
「偶に国外のいざこざで出張する事があるんですけれど、それ以外は割と自由な時間が多いんですよ」
 国外のいざこざって、それなんかすっごい命に係わりそうなんだけど?
 けれども、そんな危険な仕事に文句を言う事も無く、日本国を守れる事と、他の国の手助けを出来る仕事に誇りを持っている美夏さんを見て、彼女にならカナメを任せても良いかなと思った。
 その内に俺の仕事の話になり、何処まで話して良いかどうか悩んでしまう。
実は退魔師をしていると言う事はカナメにも話していないのだ。
 少し考えた後に、こう答える。
「俺は実家がお寺で、法要とかそう言うのがある時に手伝いをしてるんですよ。
あ、でも最近は卒塔婆の文字もプリンターで刷れるようになったし、その仕事が無くなっただけでも結構楽かな?」
「そうなんですか。
卒塔婆の文字を書くのって、今まで大変だったでしょう?」
 そんな感じで退魔師の話は出さずに済み、その日は三人で楽しく過ごす事が出来た。
 カナメと、美夏さんとも偶に会う事が普通になってきたある日、カナメからこんな事を言われた。
「実は僕、だいぶ前からホームページ作ってるんだよね。
ずっと勤には言ってなかったなって思ったんだけど、興味ある?」
「どんなホームページなんだ? それにもよる」
「二次創作っていう、あの、所謂パロディのお話書いて載せてるんだ」
 パロディか。カナメは高校時代にオリジナルの小説を書いていたけれど、今はパロディの方が書いてて楽しいのかな?
カナメがどんな物に興味を持っているかに興味が湧き、俺はカナメの作っているホームページのアドレスをメールで送って貰った。

 送って貰ったアドレスにアクセスすると、トップページにカナメが好きだと言っていたゲームのタイトルと、販売元とは関係ありませんの文言。
聞いた話だといろいろごちゃっと詰め込んでカオスになってるって事だったけど、どんだけカオスなのかね。
 実は、俺も偶にアニメを見たりライトノベルを読んだりするので、有名どころだったらいくらかわかる。
カナメの話を聞く限りだと、色々な他作品のネタをちょくちょく挟んでいるとの事なので、俺の知ってる作品のネタが出たら面白いかななんて思ったり。
 結構な数掲載されている小説の中から、適当に一つ選んでタイトルをクリックする。
クリックすればアップされている小説にアクセス出来る訳なのだが、小説を読み込んだ瞬間、パソコンのディスプレイから何かが吹き出した気がした。
それをまともに食らった俺の頭の中で、走馬燈のように見覚えの無い景色が浮かんでは消えていく。
 何だったんだ、今のは?
一瞬の事ではあったけれど、その不思議な感覚に暫し呆然としたのだった。

 それから数時間。カナメの書いている小説は結構面白く、尚且つ俺も知っているネタが盛り込まれていたりするので楽しく読み進められた。
でも、この物量は一日で読むのは無理だわ。
そう思って、俺は一旦カナメのホームページを閉じた。

 パソコンでSNSを眺めていると、こんなニュースがあった。
どこぞかの出版社が経営破綻して倒産したというニュースだ。
 それが少し心に引っかかった。
何故なら、カナメは最近出版社が募集を掛けている小説大賞に応募したりしているからだ。
 カナメが応募した出版社で無ければ良いなと思いつつ、そのまま関連のニュースを辿っていく。
すると今度はこんな記事が。
近頃潰れていく出版社の数が急増しているというのだ。
 う~ん、これは何なんだろう、もしかして一時期雨後の竹の子的に小さな出版社が乱立して、それが持たなくなっているって言う可能性はあるよな。
本当に出版社が乱立していたのかどうか、俺にはわからないけれど。
 出版社と言えば、最近神道系の書籍に力を入れてるところが有ったな。
俺は仏教徒だけど、日本国内で除霊している分には神道の事も知っておくに超した事は無い。
今度本屋に行って探してみようかな。
本屋に行くなら、ネットでレビューとか探してある程度目星付けた方が良いかもしれない。
そう思った俺は、ネット通販サイトのページを開いたのだった。

 それから数日後、本屋街で神道系の本を探していると、風変わりな客を見掛けた。
伸ばした黒髪をポニーテールにし、着物に袴姿の男性。
色々な本を一冊一冊手に取っては、丁寧に内容を確認している。
小説だけで無く、なにやら可愛らしい女の子が表紙に描かれている、女の子向けとおぼしき雑誌も持っている。
 そう言えばカナメがあんなの好きだよなと思いつつ、ついついその男性客を観察してしまっていたのだが、ふと彼の左手に目がいった。
中指に光の指輪が填まっているのだ。
 彼が手に取った本の内容を確認する度に揺らめく光に見入っていたら、今度は冷たい視線を感じた。
感覚だけで視線の元を辿る。
辿ってみると、その視線は袴姿の彼の背後から来ていた。
 他の客の姿は無いし、もしかしてと思い霊視してみると、そこに見覚えの有る霊が立っていた。
先日丁重にお引き取り願った、西洋風の霊だ。
もしかして前にカナメが言ってた、亡くなった元同僚の事を祟り殺したのはあの霊かもしれない。
その辺の事を念を送って訊ねてみると、そうだという。
ああ、まぁ、言い聞かせると言っておきながら言い聞かせられなかった俺にも非はあるので、その節は申し訳ありませんでした。と念を送る。
するとこう返ってきた。
「お前が謝る必要は無い。
だが、今後俺の宿主に害をなす者が現れた場合、お前達の制止など聞かないからな」
 謝る必要は無いと言いながらもお怒りのご様子。
俺が申し訳ない、申し訳ない、と冷や汗をかいていたら、霊の宿主が、見ている本の中で面白い物を見つけたのか微かに微笑んだ。
 それを見た霊が、表情を緩ませ背後から抱きつく。
本当にスキンシップが好きなお方ですね。

 無事に目的の書籍を購入する事が出来た俺は、家に帰るなりカナメのホームページを見ていた。
そう言えばリンク集って見てないけど、どんな人と繋がってるんだろう。
そう思い、リンク集へと飛ぶ。
するとやはり、ゲーム系のサイトへのリンクが多いのだが、オリジナル小説サイトへのリンクも張られていた。
 オリジナル小説か。カナメがリンク張るくらいだから面白い物を書いてるんだろうな。
そう思い、深く考えずにリンク先へと飛ぶ。
そこの目次を見て、結構長めのシリーズ物が多いなと思ったのだがそれもその筈。出版社が募集を掛けていた小説大賞に応募したは良い物の、書籍刊行されなかった物だと書かれている。
 応募するのって結構量書かないといけないんだな、カナメは短編の方が得意って言ってたけど、あいつこんなに書けるのかな。
何故かカナメの事を考えながら小説の本文にアクセスする。
すると、いつかのようにパソコンのディスプレイから何かが吹き出す感じがした。
これ、カナメのホームページを開いた時にも有ったなと思いながら、頭の中で再生される見た事の無い景色に身をゆだねる。
それは本当につかの間の事だったけれども、この現象に俺が疑問を持つには十分だった。

 少しリンク先の小説を読んだ後、パソコンの電源を落とし買ってきた本を読んでいた。
この本はかなり詳細に神道……正確には日本国の八百万の神について書かれていて、神職の方どころか本当に神様が編集しているのでは無いかと思う程だ。
 ちらりと改めて出版社名を確認する。
『紙の守出版』か、出版社名からも何となく神道っぽさを感じるな。
この本、読み終わったらカナメに貸してみようかな。あいつこう言う系統の本が好きだった気がするし。
それに、読めば読んだできっと小説のネタにするだろう。
後で電話して、興味あるかどうか訊いてみよう。

 数日かけて買い込んだ本を読み終え、カナメに電話をかける。
神道の本に興味があるかどうかを聞くためだったのだが、結局それ以外に事についても盛り上がってしまった。
「お前のホームページからリンク張ってるオリジナル小説のページって、何処で見つけてきたん?」
「ああ、あのサイト?
あそこは最近友達になった人が管理してるんだよ。読んでみて面白かったからリンク張らせて貰ったんだ」
「へー、どういう知り合い? ネットで知り合ったのか?」
「ううん、同じ病院に通ってる人だよ」
 病院に通っている、と言う言葉と事実が少し心に刺さったが、ネット経由で騙されているとかそう言う訳ではなさそうで安心した。
 カナメは、その内その友達も紹介するよ。と言っているけれど、紹介されたらなんか俺、その友達にヤキモチ焼きそうだなぁ。
 あれから数ヶ月経って、カナメから新しい友人を紹介された。
病院で知り合ったと言っていた人だ。
「この人が病院がきっかけで知り合った悠希さんだよ」
「初めまして。新橋悠希です」
「は、初めまして。寺原勤っていいます」
 紹介されたのは、着物に袴姿、尚且つ背後に西洋系の霊を立たせてるあの彼だった。
悠希さんは初めましてって言ってるけど、俺からすれば初めて見た相手ではないんだよな。
よく考えたら、高校の時に法事でうちに来ていた気もするし。
 背後に立っている霊はいい加減怒りが収まったらしく、悠希さんの背後すれすれくらいに居るだけで不穏な空気は漂わせていない。
だから、その霊についてはもう気にする必要は無い。けれども別件で気になる事があった。
「スイマセン悠希さん、その、そこで二足歩行してる犬、何なんですか?」
 俺が思わず挙動不審になりかかりながら訊くと、悠希さんが笑顔を輝かせてこう答えた。
「この子は僕が生まれた時から一緒に育った、宇宙犬の鎌谷君って言うんです。
よろしくお願いします」
 宇宙犬……噂には聞くし偶にテレビで紹介されてたりするから存在は知ってたけど、まさか生で見る事になるとは。
「お、おう。よろしく」
 ぎこちなく俺が鎌谷君と呼ばれた宇宙犬に挨拶をすると、鎌谷君は腕を組みながらぶっきらぼうに答える。
「よろしくな。まぁ、俺犬だしあんま気にしなくて良いぜ」
 気になるよ。
心の中でそうツッコみながら、今お茶をしているレストランを出たら何処に行こうかという話をする。
「この辺りはアクセサリーのパーツ屋さんが多いから、その辺を見て回りたいんですけど……」
「でも、勤はこういうのあんまり興味ないだろうし、何だったら電気街行く?」
 アクセサリーのパーツかぁ。そう言えば今までそんなのじっくり見た事無いし、カナメが好きだと言っている物だ、興味はある。
「いや、俺もパーツ屋さんって見てみたいな。
カナメと悠希さんが普段どんな物使ってるのか気になるし」
「そう? じゃあここのはす向かいにある石屋さんから見ようか」
「え? 石屋もあるの? 見る見る」
 アクセサリーのパーツって言うから、ガラスとかプラスチックとかそういうの想像してたけど、石も使うのか。
もしかしたら今後、除霊に使う石をここで調達出来るかもしれないな。そんな事を思いながら、俺達は会計を済ませてレストランを後にした。

 そしてはす向かいの石屋で。
確かに石ではあるのだけれど、石は全てビーズ状に加工されていて、糸で繋がれている。
それだけなら問題は無いのだが、どうにも籠もっている力が均一化してしまっていて、弱まっているんだよな。
除霊用の石をここで買うのはロスが多そうだ。
 俺がこっそり気を落としている間にも、カナメと悠希さんは他の石を見て回っている。
カナメは透き通った緑色の石を、悠希さんは優しくミルクがかった黄色い石を手に取っている。
 カナメが店員を呼び、緑色の石を選んでいる所で訊ねる。
「その石、なんて言うんだ?」
 するとカナメはきょとんとした顔で答える。
「え?昔、勤にも見せた事有ると思うんだけど、フローライトって言う石だよ」
「え?俺の知ってるフローライトと違う」
 そう、フローライトという石は高校時代に見せて貰った事が有る。けれどもその時に見た物は、四角い結晶がいくつもくっついている物だったのだ。
「まぁ、丸く磨いちゃうとわかんないよね」
 ふわりと笑顔を見せたあと、カナメは視線をフローライトの束へと戻す。
すると、カナメに憑いているカエルが台の上に降りたってフローライトをちょこちょこつつくのだ。
カエルに誘導されフローライトを選んだカナメは、店員に会計を頼む。
 これは邪魔してはいけないなと思い、今度は悠希さんの方に声を掛けた。
「悠希さん、その黄色い石、なんて言うんですか?」
「この石?これはアラゴナイトって言うんです。
優しくて可愛い色をしてるから、結構お気に入りなんだ」
 丁寧に説明をしてくれた後、悠希さんはアラゴナイトの連を一本ずつ眺めながら笑みを浮かべる。
そんな彼の左手では、中指に填まった光の輪がきらきらと輝いていた。

 そんなこんなで色々な店を回る事暫く。
何となく鎌谷君が好奇の視線で見られている気はするが、和やかに買い物を済ませていく事が出来た。
そうは言っても、俺はなにも買ってないんだけど。
 あらかた店を回り終わった後、改めて、ここに来てすぐに入ったレストランに居た。
思ったよりも時間が掛かってしまったので、夕食を済ませておこうというのだ。
 買い物の感想などを話しながら食事をする訳なのだが、早食いのカナメが真っ先に食べ終わったのはわかるにしても、どうにも悠希さんの食事ペースが遅い。
「ごめんね、食べるの遅くて」
 悠希さんは申し訳なさそうにそう言うけれど、別に責める気は無い。
ただ、どうしてこんなに食べるのがゆっくりなのかが気になった。
それを訊ねると、悠希さんはこう言った。
「実は、ご飯を作る気力も食べる気力も殆ど無くて、いつもは液体食料缶で済ませてるんです。
だから、こう言うご飯を食べるのに慣れてなくて」
 それは相当重病なのではないだろうか。
元職場の近くに行くと呼吸困難を起こすカナメの事を相当な物だと思って居たが、一見何の問題もなさそうな悠希さんでさえこんな症状を抱えていただなんて。
 申し訳ないと言った表情から戻らなくなってしまった悠希さんをちらりと見て、鎌谷君がこう言う。
「まぁ、飯食ってる間は店員も俺等を追い出しに掛からないだろうし、まったりするのには良いんじゃねーか?」
「そうだよ悠希さん。
だから気にしないでね」
 カナメにもそう言われて、ようやく安心した様子の悠希さん。
照れたように笑った後、またゆっくりと料理を食べ始めた。

 悠希さんの食事も終わり、飲み物を飲みながら談笑する。
内容は、カナメと悠希さんがどんな物を作っているかについてだ。
「僕は9ピン使ってビーズ繋げるのが多いんだけど、ビーズ編みもやってみたいんだよね」
「そうなの? 僕、ビーズ編みの図案が載った雑誌をいっぱい持ってるから、カナメさんにも貸してあげようか?」
 ううむ、カナメと悠希さん仲が良いな……
無邪気な笑みをカナメから向けられる悠希さんを見て、何となく胸がちくりとした。
 そうなんだよ。カナメはこうやってアクセサリー作ったり、編み物したり、縫い物したり、趣味はまるっきり女の子なんだよな。
彼女が居るって言うのにもかかわらず、昔抱いていた思いが甦ってくる。
 なんでカナメは女の子じゃないんだろう。
カナメがお手洗いに行くというので席を外した隙に、俺は悠希さんにこう訊ねた。
「悠希さん、カナメって女の子っぽいと思った事、有りません?」
 すると悠希さんは気まずそうな笑みを浮かべて、言いづらそうにこう答えた。
「その……実は……
僕、病院でカナメさんを見た時、ずっと女の子だと思ってて、それで、その……」
 続きを上手く言えないで居る悠希さんに代わって、鎌谷君が言葉を続ける。
「そしたら男だってのがわかってさ、そん時はカナメの弟まで巻き込んで大騒ぎになったんだよな」
「うん……」
 悠希さんと鎌谷君から聞かされたそのエピソードに、やはりと言う思いと小さな嫉妬心が湧いてくる。
でもやっぱりカナメは男な訳だし、悠希さんだって男だとわかってもカナメの事を突き放さず、友人として付き合っているのだ。
 悠希さんだけにそんな話をさせておいて自分が何も言わないのは悪い気がしたので、カナメが何時戻ってくるかとひやひやしながら、俺も高校の時の事を話した。
 すると悠希さんがアイスティーのグラスに視線を落としながらこう言った。
「でも、それでも勤さんはカナメさんの友達でずっと居るんでしょう?
それって、もう友達とか恋人とか、そんな言葉じゃ言い表せない強い絆なんじゃないかな」
 そう向けられた言葉と儚げな微笑みに、俺は少し救われた気がした。
 ある日の事、俺の所に除霊依頼というか、相談事が来た。
なんでも、勤め先から何とか歩いて行ける範囲の神社で、自分の名前の書かれた藁人形を見つけてしまったという。
どう考えても呪術関連で依頼主に危険が及ぶ可能性が高いので、相手の都合の良い日にちを聞き、相談に乗る事にした。

 依頼主はどうやらある程度勤務時間を融通出来る職業のようで、翌日の昼から、いつも仕事の話をする時に借りている個室の飲食店で話をしていた。
大柄でしっかりした体にもかかわらず、呪われていたと言う事がショックなのか、それともただ単に仕事が激務なのかはわからないが、やつれた表情をしている男性。
 彼に見せられたのは、釘を抜いた痕のある藁人形と、それに貼り付けられている名前の書かれた札が写った写真。
何故実物を持ってこなかったのかと訊いたら、これを持ってスピリチュアルな事に詳しい兄に相談したところ、まず父親の従兄弟がやっている弁護士事務所に行け。その後に警察に行け。と言われたらしく、現在実物は警察の元にあるという。
「は、はぁ」
 真っ先に名誉毀損だの侮辱罪だので犯人を追い詰めようという機転の利く兄とか凄いな。
 兄と言えば、依頼を受けた時に彼の名前を聞いているのだが、その時から引っかかっていた事を訊ねてみる事にした。
「あの、失礼ですが、そのお兄さんって、カナメさんと言う名前ではないでしょうか?」
「え? なんで兄貴の名前をご存じで?」
 今回の依頼人の名前は、柏原アレクさん。
『柏原』なんていう名字は珍しいので、もしやと思ったのだ。
そう言えばカナメは法律系の単位の成績が良いと言っていたし、そう言う入れ知恵も出来るだろう。よく考えたら彼女も軍属だし。
 カナメとは高校の時からの友人なんですよなんて話をした後、本題に入る。
写真だけで呪いの状態がわかるのかと思われそうだが、写真に写るのは画像情報だけではない。その時のありとあらゆる感情等、目に見えない情報も入っているのだ。
それを渡された写真から読み取ると、どうやらアレクさん宛の呪いは完遂する前に見つかった物らしく、既に呪いの半分以上は術者に返っているだろうと言う事がわかった。
 しかし、それでも若干の呪いは掛かってくるし、なにより呪いを掛けられたという事実はトラウマになる。
なので、呪いの処理はきちんと済ませておかないと依頼人が安心して生活する事が難しくなる。
 俺は除霊用品の入った鞄の中から、人差し指の第一関節くらいの大きさをした赤い石を取り出す。
「これを握って、胸に当てて下さい」
「あの、これ何なんですか?」
「これは石榴石と言って、我々は身代わり石として使っています」
 これを身代わりにするのかと、少し後ろめたそうな顔をするアレクさん。
そうだよな。兄があれだけ石好きだもんな。戸惑うよな。
 しかし背に腹は代えられないと、アレクさんは石榴石を握って胸に当てる。
それを確認した俺は、鞄から取りだした破魔の札を右手の人差し指と中指で挟み、呪文を唱える。
 短い呪文を何度も繰り返し唱える事暫く、破魔の札が炎を上げ、一瞬にして燃え尽きた。
「はい、呪いの処理は終わりましたよ」
「ほ、本当ですか?」
 俺の言葉にアレクさんは恐る恐る胸から手を離し、拳を開く。
開いた手のひらの上には、無残に砕けた石榴石が乗っていた。

 その後、安心しきった様子のアレクさんと、食事を共にする事になった。
何度も感謝の意を伝えてくるアレクさんだけれども、突然こんな事を訊いてきた。
「そう言えば寺原さんは高校の時から兄貴の友人だって言ってましたけど、この仕事の事を兄貴には言ってるんですか?」
 何故そんな事を訊くのだろうと、答えを返さず訊ね返す。
するとこう返ってきた。
「いやぁ、兄貴からこう言う除霊を生業としてる人の話って聞いた事無いなって思って。
昔、友達の家がお寺さんで、お盆の時期はなかなか会えないって言ってた気はするんですけどね」
「いやはや、自分で言うのはなんですが、退魔師って正直、胡散臭い職業じゃないですか。
だから言いづらいなと思って言ってなかったんですよ」
「なるほど、そんな理由があったんですね」
 アレクさんと談笑しながらも、俺はある言葉を聞き逃してなかった。
『お盆の時期はなかなか会えないって言ってた』
 こんな事を家族に言うくらいには、俺に会いたいって思っててくれてたのかな?
そう考えると、何となく嬉しい気持ちになった。

 その暫く後、いまだアレクさんの言っていたカナメの話に気分を浮つかせたまま、とある駅の駅ビルへと向かっていた。
その駅ビルには小さいパワーストーンのお店が入っているのだけれど、だいぶ前に試しにそこで買った石を使ってみたら非常に使い勝手が良かったので、今回はちょっと大物を買おうと思ったのだ。
「いらっしゃいませ」
 お店の中に入ると、店員は高校生くらいの女の子が一人だけ。
前に対応して貰ったのは店長さんだったので、こんな若い子が石の取り扱いを上手く出来るのかという不安が一瞬湧いた。
 けれどもその不安はすぐさま取り払われる事になる。
手慣れた様子で石を磨く手つきも見事な物だし、何よりも彼女の両肩には、カナメに憑いているのと似たような、宝石を背中に敷き詰めたカエルが二匹も乗っているのだ。
 宝石ガエルが憑いてるような子なら、安心して石の話が出来るかな。そう思って彼女に話しかける。
「すいません、少しお伺いしたいのですが」
「はい、何でしょう」
「スギライトという石は置いてありますか?」
「スギライトですか? ございますよ」
 彼女は何のためらいもなく、石の丸玉が入ったケースの中から、紫色の石を取りだしてタオルの上に並べる。
「こちらがスギライトです」
 そう、彼女の言うとおり、これがスギライトだ。
だが、今回探しているのはこう言った形状の物では無い。
「あの、こう言うのではなくて、少し大きめの原石が欲しいのですが」
 その一言に、彼女は妙に機嫌の良さそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「原石ですね。今店頭には置いておりませんので、店長に問い合わせてみます。
少々お待ち下さい」
 そう言って彼女は、レジの奥にある電話で通話を始める。
暫くその様子を見守った末、電話を切った彼女が店長からの伝言を伝えてきた。
「暫くお待ちいただけるのでしたら、これから店長が持ってくるそうです。
それともお取り置きにしますか?」
 うーん、取り置きにしてもいい気はするのだけれど、俺の家からこの店に来るのは少し面倒だ。
「そうですね、店内を見ながら暫く待ちます」
 俺はそう伝え、店内の石を物色し始めた。

 それからまた暫く。店長が荷物を持ってやってきた。
「どうもいらっしゃいませ。
ステラちゃん、このお客さんがスギライト欲しいって人かい?」
「そうです。
店長、どれくらいの物持ってきたんですか?」
「原石のストックがこれしかなくてね。
お客さん、これで良いですかね?」
 そう言って店長が取り出したのは、手のひらよりも少し大きいくらいの、紫色の石。
それを見て店員さんが少し気まずそうな顔をする。
「あの、店長……
私が想定していた物より相当大きいんですけど……」
「だから電話で大きいって言ったろ?」
 これは大きい内に入るのか?それに、大きいからと言って店員さんがこんなに戸惑う理由がわからない。
取りあえずこれを下さいと店長に伝えると、レジに予想外の数字が並んだ。
「五万四千八百三十円になります」
 これを一括で買うつもりって言ったら、そりゃ店員さんも挙動不審になるよ。
取りあえず、一旦ATMに行って来るのでその石はここに置いておいて下さいと言って、銀行へ向かった。
 ある日の事、カナメが俺に相談があると言って電話をかけてきた。
出来れば直接会って話したいと言う事だったので、その方向で調整を進める。
その中で、ふとカナメがこう言った。
「ねぇ、これからずっと、勤に会う時に女装してても、良いかな?」
 不安そうな、けれども何となく甘えているようなその声に、顔が熱くなる。
もしかして、俺と付き合いたいとかそんな事を考えてるのか?
いやいや、でもこいつは彼女が居るし、別れたって話も聞かないからそれは無いだろう。
でも……どうしよう、期待が無駄に膨らむ。
よく考えると男と付き合う可能性なんて考えてる俺はおかしいような気はするけれど、カナメは女だと思えば女に見える。
多分問題ない。
 おかしなテンションになったまま待ち合わせの時間と場所を決めて電話を切った後、もう寝なくてはいけない時間なのにもかかわらず、遠足前日の小学生状態でなかなか寝付けなかった。

 そして待ち合わせ当日。
カナメがよく見る布屋さんがあるという街で落ち合う事になっていた。
しかし、俺、ほんとなんか先走ってる。
今、待ち合わせの時間の二時間前だよ。何でもう待ち合わせ場所に居るんだよ……
 いくらカナメが早めに行動するタイプだと言っても限度がある。今回はたっぷり一時間半程待つ事になった。
「勤お待たせ。
……もしかして、待たせちゃった?」
 ふんわりと膨らんだスカートに、頭の上には可愛らしいリボン。
こんなおとぎ話のお姫様みたいな姿をしたカナメを、今日は独り占め出来るんだ。
それを考えたらもう、一時間とか二時間とか、例え半日待たされたって怒る気にはなれない。
「俺もちょっと前に来たばっかだよ。
相談事があるんだろ?
どっか喫茶店とか入るか?」
 何となく自分の顔が緩んでいる気はするが、カナメはなにも疑問がっていないし、大丈夫だろう。
 早くカナメと話をしたい。そう思って喫茶店という話をしたのだが、カナメは少し視線を泳がせてから、口を尖らせてこう言う。
「ん……
でも、折角ここまで来たから、見たい洋服屋さんとか有るんだよね。
相談があるって言って置いてあれなんだけど、お店も見て回って良い?」
 一緒に……お店を……見て回る……?
これ、本格的にデートじゃないか。
これは、これはもしかしたらもしかするぞ!
 高鳴る鼓動を押さえつつ、なるべく平静を装い、仕方ないな。なんて言いながらカナメが見たいと言っている店に向かう。
どんな店なのかと聞いたら、『ロリータファッション』と言う、ふわふわでひらひらした女の子向けの洋服を扱っている店が集まっている所があるという。
「僕がこう言う格好するの、嫌だったりしない?」
 少し不安そうにそう呟くカナメに、俺は優しく答える。
「嫌な訳ないだろ。
今日の服だって似合ってるし、可愛いよ」
 あ、うっかり可愛いとか言ってしまった。
どうしよう、不審がられてないかな。
恐る恐るカナメの表情を窺い見ると、少し拗ねたような顔をしている。
「もう。そう言う言葉がするっと出てくるなんて、女の子には皆そう言ってるんじゃないの?」
 あれ、これってもしかしてヤキモチか?
勿論、女の子皆に可愛いと言って歩いている訳ではなく、本当にカナメが可愛いからそう言っただけで。
でも、その事が上手く言葉に出来ない。
 どうしよう、俺、ヤキモチ焼かれてる。可愛い……可愛い……
 そう浮ついている間にも、カナメはくすりと笑って、意地悪言ってごめんね。なんて言ってるし。
カナメが見たいと言っていた店に着く頃には、俺はもうすっかり恋人気分になっていた。

 カナメが見たいと言っていたお店は、本当にお姫様みたいな洋服ばかりを扱っていた。
そんな所を見て回りながら、カナメが時折、これ似合う? なんて訊いてくる物だから、こっちもついついデレデレしてしまった。
 そんな感じでウィンドウショッピングも済ませ、今は喫茶店でカナメと向かい合っている。
暫く雑談をしていたのだけれど、ふとカナメが真面目そうな顔をしてこう言った。
「これ言ったら勤に嫌われちゃうんじゃないかって思ってずっと言えなかったんだけど……
言って良い?」
「いや、言ってくれないと嫌いになるも何も無いだろ」
 カナメの頭を撫でながらそう言うと、カナメが意を決したように言葉を振り絞った。
「僕、女の子になりたいんだ」
 言い出してもおかしくない事ではある気がするけれど、彼女が居るのにこんなことを言うなんて。
 女の子になって俺と付き合いたいのかって訊きたいけど、即座にそんな言葉を返したら、茶化してると思われるだろう。だから、頭の中で真剣に言葉を選んだ。
「良いんじゃ無いかな。それでも俺は嫌いにならないし、そんな心配そうな顔すんなよ」
 テーブルの上に置かれたカナメの手を握り、優しく声を掛ける。
すると、少し涙目だけれど、花の蕾が綻ぶような、そんな笑顔を見せた。
「ありがとう。ずっと友達で居てくれる?」
 その言葉に、俺は手を握り返す事で意思を伝える。
それから、今度は俺が意を決してカナメに訊ねる。
「友達って言うかさ、もしかしてお前、俺の恋人になりたいとか思ってた事、有ったりする?」
「それは無い」
 ここまで恋人気分を盛り上げてきたのに、カナメはあっさりと俺に対する恋心は無いと、バッサリ。
「勤は僕の恋人になりたいって思った事、有るの?」
「……無い……」
 きょとんとした顔のカナメにそう訊ねられたが、こうなると俺の気持ちを伝える心がポッキリ逝ってしまっている。
だから、俺は結局、カナメへの気持ちをずっとしまい込まざるを得なくなった。

 その後も夕食時まで喫茶店で話をし、他の店で夕食も一緒に食べた。
なんかなぁ、俺、折角カナメに恋してるって自覚を持てて、自信も持てたのに、その矢先に心が折られるなんて。
でも、それでも、今日一日カナメを一人の女の子として独り占めできたことには変わりが無い。
今日の事は美しい思い出に変えて、これからもカナメとは友達で居ようと心に決めた。
 ふと、夕食を食べながら浮かんだ疑問をカナメに投げかける。
「そう言えばお前、女の子になるのは良いけど、美夏さんどうすんの?」
「え? 結婚を前提にお付き合いしてるけど?」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない」
 女の子になりたいのに、女の子と結婚したい? どういう事だ?
確かに、カナメはまだ戸籍上も体も男だし、美夏さんとの結婚は可能だ。
でも、女の子になりたいんだったら恋愛対象はやっぱり男だろうし……
 そんな事を考えて頭がぐるぐるしている俺に、カナメが俯いて呟く。
「そうだよね、普通おかしいって思うよね。
でも僕、女の子にはなりたいけど、どうしても美夏のことは好きなんだ。
美夏ね、僕が住んでるこの国を守るためなら、辛い任務だって耐えられるって言ってくれたんだよね。
だから僕、親と仲が悪いって言ってる美夏が、安心して帰ってこれる所を作りたいんだ」
 心細そうな、でも強い意思の籠もったその言葉を聴いて、何となくストンと落ちる物が有った。
 そうだよな。人を好きになるって、性別とか年齢とかそう言うのは関係ないんだ。
ただ純粋に、理由も無く惹かれる物なんだよ。
俺はそうだったし、カナメだってきっとそうだ。
「美夏さんには、女の子になりたいって話はしたのか?」
「……まだ。なんか、言う勇気が無くて」
「そっか」
 暫く無言で料理を食べる。
カナメが食べ終わって、その少し後に俺が食べ終わって。それから俺はこうカナメに言う。
「お前の人生が善くあるように、俺は応援してるからな」
「……ありがとう……」
 笑顔を浮かべるカナメの瞳から、ぽろりと一粒、光の粒がこぼれた。
 何とも無しにSNSのニュースを辿っていたある日の事。こんな記事を見つけた。
『同性同士の婚姻を認める法案が可決』
 同性同士の婚姻かぁ、ほんのちょっと前までだったら、カナメに求婚してたかもしれない。
そう思いながらざっくりと目を通すと、反対派の意見は色々有ったようなのだが、同性婚を認める事でより多くの家庭を作り、孤児の里親になれる家庭を増やす。と言うのがこの法案のキモらしい。
 そうだよな、いくら今現在日本国が平和だって言っても、色々な理由があって施設で暮らしている子供も沢山居るんだ。
 記事を読んでぼんやり考え事をしていて、浮かんできたのはカナメと美夏さんの事。
同性婚が許可されれば、女の子になりたいって言ってたカナメと、美夏さんが夫婦になっても、奇異の目で見られる事が減ってくるんじゃ無いだろうか。
すぐに無くすというのは無理だろうけど、徐々に減っていけばなと。
 少しだけ胸を痛ませながら記事を閉じると、携帯電話が鳴り出した。
どうやらメールの着信のようだ。
 メールの内容を確認すると、仕事の依頼。
いつものように除霊の依頼なので、待ち合わせの時間を決めようとメールを返した。

 その数日後、いつもの個室飲食店で一人の女性と話をしていた。
除霊をして欲しいのは彼女自身では無く、他の人物だという。
一体誰なのかと訊ねると、彼女はこんな事を言い出した。
「最近、潰れる出版社が多いと思いませんか?」
 一体今回の件とどんな関係があるのだろう。
取りあえず俺は心当たりはあるので素直に答える。
「そう言えばSNSに載っているニュースで、出版社の倒産が相次いでいると言う話は見ましたね」
「実はその事についてなのです」
 え? もしかして潰れた出版社は何かの霊障か何かが原因だったのか?
不思議に思う俺に、彼女は一枚の写真を差し出す。
「この方に憑いている霊が悪さをして、出版社を潰しているようなのです」
 その写真を見て思わず凍り付く。
そこに写っているのは見覚えの有る顔。
西洋系の霊を連れている悠希さんだった。
「あの、なんと申しましょうか、この方とは付き合いがあるのですが、彼に憑いている霊は特に悪さはしていないので……」
 とは言うものの、そう言えば約一名程祟り殺した前科があるなと思ったが、あれは悠希さんやカナメに害をなしたから祟り殺した訳で。
出版社が悠希さんに害をなしているとは思えないから、もしかして他にも何か憑いているのだろうか?
 思わずしどろもどろにある俺に、彼女はこう答える。
「実は、この方に憑いている霊が、宿主が有名になるのを恐れて、小説を刊行しようとした出版社を祟っているそうなのです」
 スキンシップ過剰なのは知ってたけど、そんなに嫉妬深かったのあいつ。
 しかし、それにしても彼女が出版社を潰す霊を除霊して欲しいという理由がわからない。
勤め先か何かを潰された事があるのだろうか?
疑問に思ったので彼女に尋ねると、彼女が改めて名刺を差し出してきた。
「改めて自己紹介させていただきます。
私、『紙の守出版』に勤めております、夜杜美言と申します」
「『紙の守出版』ですか」
 紙の守出版と言えば、だいぶ前に買った神道系の本を出版している会社だ。
「それで、この度当出版社でも小説大賞の募集を掛けたいと思いまして、その時にこの彼が応募をしてきても問題が無いように、予め先手を打っておきたかったのです」
「なるほど」
 美言さんの説明に納得はしたが、引っかかる部分はある。
悠希さんの小説を書籍刊行しようとした会社が潰されたというのはわかった。だが、それなら悠希さんの小説を採用しなければ良いだけの話。
もしかして紙の守出版は、悠希さんの小説を採用する事を前提で小説大賞の募集をかけると言っているのでは無いだろうか。
 それを素直に訊ねると、その通りだった。
悠希さんの小説を世に出すのがそもそもの目的だという。
確かに悠希さんの小説は面白い。刊行したらきっと売れ筋になるだろう。
けれども、神道系の本に力を入れている紙の守出版がいきなり小説を出すという事実にも違和感を感じる。
「実は、紙の守出版さんの本を何冊か持っているんですよ。
神道系の本がメインだと思って居たのですが、この度小説の刊行に手を出そうと思われた理由を聞かせて貰っても良いでしょうか?
もし守秘義務があるのでしたら、無理にとは言いませんけど」
 俺のその言葉に、美言さんの目が鋭く光る。
「当社の本をお読みになっているのなら話は早いですね。
当社の本は、八百万の神について非常に詳しく書かれているとは思いませんでしたか?」
「え?
確かに、今まで読んだ書籍の中では一番詳細な事が書かれていましたね」
 俺の回答を聞いた美言さんは、大きく、圧倒的な霊的圧力を掛けてきた。
「我々紙の守出版は、八百万の神が運営する出版社です。
神道系の本は資金を積み上げるために刊行されているだけの物なのです。
我々八百万の神が出版社を立ち上げた本当の目的は、彼、新橋悠希さんの作り上げる物語を世に出す事です」
 紙の守出版の運営元が、八百万の神だって?
確かに、あの本を見た時神様が書いたのでは無いかと一瞬思いはした。
 美言さんの言葉は嘘八百と取らても文句は言えないような内容では有る。
しかし、美言さんが掛けてきている霊圧は、人間の物では無かった。
神聖で、大きく、圧倒的で、底が無い。
「あなたも、神なのですか?」
 背中にじっとりと汗をかいている感覚を覚えながら、そう訊ねる。
「そうです。
末端に位置する小さな神ではありますが」
 にっこりと笑う美言さんを見て、俺はとんでもない依頼が来てしまったななどと思った。
 しかし、美言さんを始め、紙の守出版の皆さんが神様なのなら、悠希さんに憑いているあの霊を強制排除する事が可能なのでは無いだろうか。
そう思って訊ねると、美言さんは溜息をつく。
「実は、あの後ろに憑いている西洋系の彼、西洋の神様陣に保護されていて、我々ではどうしようも無いんです」
「神様がどうしようも無いって言ってる案件を人間に任せるとかどういう事なんですかね?」
「私達八百万の神は、神道系と、割と最近では仏教系の霊までは対処出来るのですけれど、西洋の神の影響力を撥ね除けるためのメソッドが無いんです。
その点、宗教ちゃんぽんな日本国に住んでいる人間の方が柔軟な対応が出来るなと思いまして」
「神様が宗教ちゃんぽんとか言う乱暴な単語使っちゃって良いんですかね?」
 流石日本国を統べる八百万の神、宗教観が緩い。
まぁ、八百万ってくらい神様が居れば、後から仏が来ようと神の息子が来ようと『おい、そこ開いてるから座れよ。お茶いる?』って言うくらいの感覚なんだろうな。
 そうそう、もう一つ疑問点が有るのを思いだした。
「所で、なんで悠希さんの小説を世に出すためだけに、出版社を?」
「それもお話ししましょう。
長くなりますが……」
 美言さんが言うにはこう言う事だった。
悠希さんを始め、物語を作る人は次世代、自分達の息子や孫という意味では無く、今有るこの世界が終わった後の次の世界を構築する事が出来るのだという。
けれども、新しく出来た世界は手入れを怠るとすぐさま枯れ果て消えてしまう。
悠希さんは特に世界の構築に長けているのだが、世界が自立出来る程まで手を掛ける事が余りない。
なので、小説を一般流通させ、二次創作という形で他の人に世界の手入れをさせようというのだ。
「悠希さんの左手の中指に、光の輪が填まっているでしょう?あれは世界を作る力が強い者の証なのです」
 それを聞いて思い浮かんだのは、カナメの事だった。
カナメの左手にも、光の輪が填まっている。
これは邪推になるかもしれないが、八百万の神はカナメの事も利用するつもりなのでは無いだろうかと、そう思った。
 美言さんからの依頼を受け、先日の話だけでは納得いかなかった事を徹底的に訊こうと思って、許可を得た上で俺は紙の守出版の編集部に居た。
応接間の椅子に座り、お茶とお茶菓子を頂く。
美言さんがちょっと書類を整理するために席を外している訳なのだが、静かなはずの応接間にはよく解らない声が響いていた。
 俺が何か独り言を言っている訳でも、霊障という訳でも無い。ただ単に隣の部屋から声が聞こえてきていると言うだけの事だ。
「お前何言ってんの?
なに? なんでそんな俺様なの?
そんなにヤキモチ焼かれたってこっちに有能な人材が居るんです邪魔しないで下さ~い。
お前のとーちゃんで~べそ~。
ピッピロピ~」
 どうやら電話で口げんかしているようなのだが、内容が小学生レベルすぎる。
隣の部屋に居るって事はこの低レベルな悪口を言っている人も神様な訳で、やっぱり八百万の神だなと妙に安心する。
 暫く隣の部屋の声を聞いていたら、美言さんがやってきた。
「お待たせしました。
今日は詳しいお話が聞きたいという事でしたよね」
「そうなんですけど、その前に隣でなんか口げんかしてる人が気になるんですけど」
「それも含めてお話ししましょう」
 悠希さんが小説家デビューする事を、背後に立っている西洋系の霊が阻んでいるので何とかして欲しいと言う話は前回聞いたのだが、何故その邪魔をする霊を西洋系の神様達が擁護しているのかと言う事についての話を聞く事になった。
 事の発端は、出版社潰しをしているあの霊を、西洋の神様陣に何とかして貰おうと美言さんの上司が電突を掛けた所から始まったらしい。
西洋の神様は非常にプライドが高く、自分達の縄張りの中から次の世界を作れる人物を出したいと思っていたそうだ。
けれども現在、悠希さん程能力の高い人材が西洋に居ない。
その事実に逆ギレした西洋の神様が、悠希さんの邪魔をしているというのだ。
 その事実を知った美言さんの上司を含む八百万の神々が、西洋の神や天使に戦争をしかけたという。
戦争、と聞いて一瞬血の気が引いたが、何のことは無い、お互いの縄張りの中間地点である中国大陸辺りで、盛大なパイ投げ大会をしたのだそう。
人間の目にはパイも、パイのクリームも見えない訳なのだが、心霊的な物に敏感な中国国民が霊的クリームに足を滑らせるという事案が多発し、それを見て激怒した中国の仙人や神様が、わざわざエジプトから猫神様を連れてきて日本と西洋の神様達を鎮めさせた。
猫神様には八百万の神様だけで無く西洋の神様や天使も甘いので、猫神様の一言で戦争という名のパイ投げは終了したらしい。
勿論その後、中国の仙人や神様達にずらっと囲まれて説教されたらしいが。
「すいません、どこからツッコめばいいでしょかね?」
「平和的に事が済んだと言う事で、ご理解いただければと思います」
 あまりにも酷い内容だったので思わず一旦話を切ってしまったが、美言さんはもう少し話を続けた。
 パイ投げ大会の後、双方共に自分の縄張りに帰りはした物の、次世代の世界創造についての確執はまだ残っており、結局悠希さんの件については何の進展も無かったのだという。
「あの、失礼ですが、隣の部屋で小学生レベルの口げんかを電話でしてるのって、上司の方ですか?」
「誠に遺憾ながら、私の上司の語主様です。
天使長の方と電話をして居るみたいですね」
 結構突っかかってくるような電話が掛かってくるんですよ。業務に支障が出るんですけどね~。なんて美言さんは言っているけれど、この話をカナメにしたら、なんか法律的に片付けられそうだななんて、少し思ったのだった。

 その後暫く、八百万の神様や次世代世界の創造についての話をしていたのだが、少し話の間が開いた所で気になっていた事を美言さんに訊ねた。
「あの、前に、左手の中指に光の輪が填まっているのは、世界創造の力に長けている人物だとおっしゃっていましたよね?」
「はい。その通りです」
「あの、俺の友人でもう一人、左手の中指に光の輪が填まっている奴が居るんですよ」
 戸惑いながら俺がそう言うと、美言さんは笑顔を浮かべてこう答える。
「存じております。
柏原カナメさんでしょう?」
 やっぱり知っていた。八百万の神は、カナメの事をやっぱり利用するつもりで……
少しだけ苛立ちを感じながらも何も言えないで居ると、美言さんがそれを察したかのように言葉を続けた。
「新橋悠希さん、柏原カナメさん、この両名は現時点で次世代の世界を作るのに欠かせない人物です。
けれども、世界創造は自主的にやっていただかないと上手くいかない物です。
利用している、と言えばそうかもしれませんが、私達はあの二人の作り出す物を守るのが主な目的です」
「無理矢理小説を書かせる気は無い。と?」
「その通りです」
 無理矢理やらせる気が無いのなら、別に良いような気がする。
カナメは勿論、悠希さんだって何かを作る事が好きだ。それを守りたいと言っている神様達を責める必要は無い。
「我々の立てているプランとしては、悠希さんに小説家デビューしていただいて、悠希さんの作品でカナメさんに二次創作していただきたいのですが、そうならなくても仕方ないでしょう。
あの二人の心赴くままに、物語を綴って貰いたいのです」
「なるほど」
 悠希さんの補佐としてカナメを充てたいのか。
まぁ、カナメ自体最近は二次創作が楽しいみたいだし、上手く歯車がかみ合えば。と言う程度の認識か。
 何はともあれ、今回の依頼は除霊と言うよりも、悠希さんに憑いている霊の説得と言う事になりそうだ。
でも、前に怒らせてしまった事もあるし、上手く説得出来るかな……

 神の守出版から帰ってきた俺は、早速西洋系の宗教について調べ始めた。
多神教的な物も有ったみたいだけど、悠希さんの後ろに憑いている彼は、服装から鑑みるに、おそらく一神教の信徒だろう。
 その宗派についての事は、俺は殆ど知らない。
退魔師やってるんだったらそれくらい知っておけと言われそうだが、俺の実家お寺だからな?
八百万の神様はともかく、西洋の神様の文献に触れる機会など全くと言って良い程無かったのだ。
「う~……
あの霊と円滑に話を進めるのに法具とか欲しいけど、有っても上手く使えるかな……」
 ざっくりとネットで資料を読んだ後、チャペルショップのネット通販ページを見てる。
ロザリオなんかが有れば、何となくあの霊と共通話題を持って和やかに話が出来る気がしたのだ。
しかし、ネットショップで買うとなると、俺と相性の良いロザリオが来るとは限らない。
誰か作れる奴が居てくれればな。そう思いながら取りあえずチャペルショップのページを閉じた。

 それから暫く経って、俺はカナメと会う機会があった。
カナメは最近美夏さんと婚約したらしく、左手の薬指には指輪が填まっている。
「よう、婚約おめでとう。
その指輪何処で買ったんだ?」
「婚約指輪?
これね、悠希さんから石を譲って貰って、美夏とお揃いのをシルバーワイヤーで作ったんだ」
 そう嬉しそうに笑って指輪を見せるカナメ。
それを見て胸にちくりと棘が刺さる。
 ふと、胸の前で手を重ねているカナメを見て気になる物が目に入った。
カナメはロングネックレスを付けているのだが、その先端に十字架が付いている。
小さめのビーズを十個区切りで繋げ、その間に大きめのビーズが挟まれているそのネックレスは、見覚えの有る形だった。
「カナメ、そのロザリオ何処で買ったんだ?
それとも作ったのか?」
 俺の問いにカナメは少し驚いた顔をして答える。
「え?
勤はこれがロザリオだって、見て解ったの?
これは悠希さんの妹さんが作ってる奴を買ったんだ」
 割と手の届く範囲でロザリオを作れる人物が居た。
俺はカナメから悠希さんの妹について、詳しく話を聞く事にした。
 カナメから悠希さんの妹の話を聞いて暫く経った頃、俺は悠希さん同伴で、悠希さんの妹と会う事になった。
 駅の階段を降りると、そこにはロリータファッションに身を包む女の子と、見覚えの有る袴姿の男性と二足歩行で歩く犬が居た。
「どうも悠希さん久しぶり。
この子が妹さん?」
「うん、匠って言うんだ。よろしくね」
「初めまして寺原さん。
いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
 匠ちゃんはそう言っているけれど、実はそんなにお世話する程悠希さんには会っていない。
でも、わざわざそんな事を言う必要は無いだろう。
 今回は匠ちゃんにロザリオの制作依頼と言う事なので、早速駅の下のレストランへと向かう。
席に着き、飲み物と軽食を注文する。
「所で、今回はどんな感じのロザリオの制作依頼ですか?」
 匠ちゃんの言葉に、俺はこう返す。
「実は、お守りとして欲しいんだけれど、そんな感じでなんか力の籠もった物って……って言うのは難しいかな?」
「う、うーん。
私が作るのは、あくまでもアクセサリーとしてだからなぁ」
「ですよねー」
 そんな話をしながら悠希さんの背後を見ると、後ろに憑いている霊もなにやら興味を持った様子。
チラチラと匠ちゃんと俺を見比べた後悠希さんに抱きつき、お前も昔は作ってたのになぁ。なんて言っている。
悠希さんもアクセサリーを作ると言っていたからその事なんだろうけれど、ロザリオは見るからに神経を使いそうな作りなので、悠希さんが作るには負担が大きいのだろう。
 俺と匠ちゃんがどうやったらお守りとして相性の良いロザリオを作れるかという話をしていたら、コーヒーを飲んでいた鎌谷君がこう言った。
「匠ちゃん、あれじゃね?
お守りっつったらステラちゃんのお店で売ってるパワーストーン見立てて貰えば良いんじゃ無いか?」
「あ、そうか」
 はっとした様子の匠ちゃんに、悠希さんが更にこう言う。
「あと、ロザリオって言うのは形そのものにも力があるんだよ。
そこにステラさんの力を借りたらもっと心強くなると思うよ」
 なんか三人の間だけで通じる話題がある様子。
ステラちゃんってのが誰なのかは解らないけれど、聞いた感じパワーストーンで作ったらどうかという話のようだ。
ううむ、仏教の数珠なんかは、石よりも木や珊瑚みたいな生き物を使う方が好ましいってされてるんだけど、ロザリオは違うのかな。
何はともあれ、俺達はもう一度電車に乗ってステラちゃんという子がバイトをしているパワーストーン屋に行く事になった。

 それから数十分後。俺は見覚えの有るパワーストーン屋に居た。
あの、五万円超えのスギライトを買った店だ。
「あ、匠。いらっしゃい。
悠希さんもおひさしぶり」
 そこで店番をしていたのは、前に来た時と同じ、両肩に宝石ガエルの乗せている女の子だった。
和やかに店員さんと話をしている匠ちゃんを見ていて、ああ、この店員さんがステラちゃんかと察する。
「お守り用の石?」
「そうなの。お兄ちゃんのお友達がお守りになるロザリオ欲しいって言ってて、その依頼。
ステラに頼めば良い石選んで貰えるかなって」
「いや、石に関しては悠希さんの方が……
あ、OK、そう言う事ね」
 匠ちゃんと暫くやりとりをしたステラちゃんが、俺にカウンター席を勧めてきた。
「お守りと言う事ですけれど、どの系統の色が良いですか?」
「色ですか?う~ん、それも余り固まっては居なくて、とにかく俺と相性の良い石って言うのが最優先ですね」
「わかりました、ではこちらでいくらかお見立てしますね」
 そう言ったステラちゃんは、ちらっちらっと両肩に乗ったカエル二匹に視線を送る。
もしかして、カエルが憑いている自覚があるのか?
まぁ、自覚の有る無しは置いておくにして、視線を送られたカエル二匹は石の入った棚の上をぬめぬめと移動し、各々ステラちゃんにこれだこれだと声を掛ける。
カエルのお勧め通りの石を、ステラちゃんが何種類かタオルの上に並べて訊ねてきた。
「この辺りがお勧めなのですが、この中で気になる物は有りますか?」
「そうだなぁ、じゃあこの青緑色の奴でお願いします」
「クリソコラですね、ありがとうございます。
匠、ロザリオに使うって、何珠くらい必要なの?」
 俺が回答すると、今度は匠ちゃんに声を掛ける。
「え?五十三珠。
後これ以外に要玉が六珠必要なんだよね。
あ、寺原さん、これ以外にもう六個選んで貰って良いですか?」
「あ、はい」
 ステラちゃんがクリソコラと呼ばれた石を数えている間に、俺はもう一種類石を見て選ぶ。
どれにしよう、この紫で透き通ったのにしようかな。
そう思ってそれも六個選び、会計へ。
材料費は俺が出して、後は匠ちゃんの手間代を別途払うと言う事になっているので、レジで財布を開くのは俺だ。
 ……うう、流石に数があるだけ有って、この前のスギライト程では無いけれど、なかなかの金額が表示されている。
「ありがとうございます。
こちらがお品物です」
 そう言って石の入った紙袋を渡してくるステラちゃんは、この上なく上機嫌な顔をしていた。

 購入した石を匠ちゃんに託して数日後、ロザリオが出来上がったと言う連絡が入った。
俺と匠ちゃんの予定が合う日をお互い確認し、待ち合わせの予定を立てる。
そして連絡が入ってからまた数日後、今度は待ち合わせをしているのは匠ちゃん一人だけだ。
「どうもお待たせしました」
「いえいえ、そんなに待ってませんよ」
 そう言って駅の階段を上ってきた匠ちゃんと、早速駅の下のレストランに入る。
飲み物を注文し、早速匠ちゃんが取り出したのは注文していたロザリオ。
「こんな感じで仕上がったんですけど、リテイクしたい部分とか有りますか?」
「そうですね、まずはじっくり見てみます」
 そう言って受け取ったロザリオは、神聖で、いかにも俺とは異教であると言う空気を纏いながらも、しっとりと俺の手になじむ物に仕上がっていた。
この仕上がりなら、何も文句を言う事は無い。
「これで大丈夫です。
それで、工賃はいくら位になりますか?」
「工賃と、あと細かいパーツ代を合わせて千円ですね」
 うむ、思ったより安い。これならカナメが買ってしまうのも無理は無いだろう。
 俺は提示された金額を素直に払い、運ばれてきた飲み物を飲みながら、匠ちゃんと話をした。
そこで出てきたのはこんな話だ。
「そう言えば、寺原さんってクリスチャンなんですか?
ロザリオをお守りで欲しいって」
 まぁ、そう思うよな。どう返したら良いか悩みながら、何とか言葉を口にする。
「いやぁ、クリスチャンという訳では無いんだけど、ちょっと訳ありでロザリオが必要になって……」
「そうなんですか?」
 匠ちゃんは不思議そうな顔をして、少し疑問の混じった視線を送ってきたけれど、特に深く詮索する事は無かった。
 そういえば、と、俺も匠ちゃんにこう訊ねる。
「そう言えば、匠ちゃんはクリスチャンって訳でも無さそうだけど、何でまたロザリオを作ろうと思ったんです?」
 その問いに、匠ちゃんは気まずそうに答える。
「実は、ロリータさんが集まるアクセサリー販売のイベントがあるんですけど、そのイベントに出すのに作り始めたんですよね。
ロリータさんってこういうの好きだから」
「ああ、なるほど」
 流石宗教に緩い日本国、こんな事が許されてしまうのか。
 何はともあれ、何とか美言さんの依頼に取りかかる準備が出来てきたのだった。
 ロザリオを手に入れ、悠希さんに憑いている霊の対応をする前に少し慣れて置いた方が良いなと思った俺は、街中でさまよえる霊を無料サービスで供養していた。
ロザリオに慣れるため、と言うのが主な目的なので、クリスチャンのさまよえる霊が主なターゲットなのだが、そちらにばかり構っていると仏教系や神道系の霊が不平等がると思って、割と無作為にやっている。
無作為と言っても、ちゃんと誠心誠意込めてだ。
 少し不穏な動きをしたりするので、主な活動は人が少ない夜中なのだが、ある日の事突然こんな声が聞こえた。
「君は仏の加護だけで無くて、父たる神にも力を借りたいのかい?」
 背筋に悪寒が走る。
その声は背後から聞こえた気がするので振り向くと、そこには黒ずくめで、黒く長い髪の男とも女ともつかない人影が立っていた。
こう言う格好をした人が別段珍しい訳では無いのだが、その人影からは禍々しさを感じる。
「お前は何者だ」
 俺が両手に数珠とロザリオを握ったままそう問いかけると、人影は気味の悪い笑みを浮かべてこう答えた。
「父なる神に、地に落とされた者だよ」
 『父なる神』『地に落とされた』この二つの表現から察するに、堕天使だろう。
堕天使が何の用だ。そう思いながらも何も言わないで居たら、堕天使は勝手に話を続けていく。
「この国の神と父なる神、それに天使達の争いがあるみたいだね。
実に、実に愉快だ」
「いや、パイ投げと小学生レベルの悪口合戦しかしてないんだけどな?」
「そこが残念な点なんだ。
せめて空気圧縮型水鉄砲くらい出して欲しかった」
「お前もそこそこ平和ボケしてんね?」
 とてつもない禍々しさを纏っている割には言っている事がしょぼい。
しかし、やっている事の内容はともかく、争い毎を楽しむという姿勢は良いとは言えない。
「お前は、神々の争いに乗じて何かするつもりか?」
 すると堕天使は愉快そうにこう答える。
「勿論だとも。
争いのキーパーソンである新橋悠希。
あいつが物語を紡ぐ事が出来ないようにしてやる」
 まさか、不幸を呼ぶつもりか?
そう思いロザリオを強く握り住めると、堕天使はこう続けた。
「新橋悠希に若く、働き者で、可愛い伴侶を付けてやろう。
私生活に没頭しすぎて小説を書く間を無くさせてやる」
「妨害の仕方がターゲットを幸せにする事って辺り、お前まだ堕ちきれてないよな」
「なんだと? ここで新橋悠希を不幸にしたら、父なる神とその部下達が喜ぶでは無いか!」
「あーもう、ほんと皆さん斜め上ですね」
 なんか、美言さんも悠希さんが小説を書くのは自主性に任せるって言ってたし、この堕天使の事は放って置いても良いような気がしてきた。
 警戒するのもバカらしくなり、肩から力を抜いて堕天使と向かい合っている訳だが、突然こんな事を言い出した。
「そうそう、天使達を不利にする良い情報をお前に教えてやろう」
「天使達は蕎麦アレルギーとか、そう言う類いの情報だったらいらないよ?」
「お前、私を馬鹿にしているのか!」
 半分くらいは。
そう思ったが迂闊にそんな事を言って下手な霊障を俺に出されても困るので、堕天使の話を素直に聞く。
「新橋悠希に憑いているあの霊は、生前に神の禁忌を冒したのだ」
「神の禁忌?」
 一体何だろう、神の禁忌と言われる物はなんだかいっぱい有るようで、どれに該当しているのかが解らない。
急に真面目な話になり、思わず真剣になる。
「冒した禁忌は二つ。
その内の一つは、お前も冒した事の有る物だ」
「え? どういう事だよ!」
 俺が神の禁忌を冒した?
そんな話は神様で有る美言さんからも聞かされていない。
戸惑う俺に、堕天使はニヤニヤしながら言う。
「ふふふ……精々悩むがいい。
それでは私はこれで消える事とするが、お前の元にはまた現れる事もあるだろう」
 もう現れないでくれ。
自分が神の禁忌を冒したと言われ、いくら堕天使の言葉でも恐怖を覚えずには居られなかった。

 その日から数日、俺は本屋で聖書を購入し、神の禁忌について調べていた。
やはり、事前にインターネットで調べたのと同じように、禁忌と言われている物は数多く有る。
もう本当に自分がどんな悪い事をしたのかがわからなくなり、藁にも縋る思いで俺はアポを取って紙の守出版へと向かった。

「神の禁忌ですか?」
 応接間でお茶を出してくれている美言さんに訊ねると、困ったような顔をしている。
「なんか堕天使に、俺が神の禁忌を冒していると言われたんですが、心当たりが全くなくて、すごい不安になっちゃって……」
 思わず俯いている俺に、美言さんはこう答える。
「堕天使が言っていた。と言う事は、西洋系の禁忌ですよね?
向こうは色々な禁忌があるみたいですけれど、我々八百万の神としては『無駄な殺生』と『反魂』以外にこれと言った禁忌は無いです。
仏の皆さんも基本的にそんな感じですし、仏に属する寺原さんが気にする事は無いのではないでしょうか?」
「そうでしょうか……」
「もし仮に、西洋の神や天使達があなたを罰しようとするのなら、仏も含めて全面抗戦しますよ」
「また中国でパイ投げですか?」
「そうなりますね」
「仙人の皆さんが不憫なのでやめたげてください……」
 取りあえず、仙人の皆さんにご迷惑をおかけしてしまう可能性は出てきたけれども、八百万の神様と仏様的には問題となる行動をしていないようなのでひとまず安心する。
 ふと、美言さんがこう訊ねてきた。
「ところで、例の件は何とかなりそうですか?」
 ああ、悠希さんの件か。
「そうですね、悠希さんに憑いている霊と距離を縮めようと思ってロザリオなんかを作って貰ったりしましたよ」
 それを聞いて、美言さんはきょとんとしている。
何かと思ったら、ロザリオの名前は聞いた事があるのだが、実物を見た事が無いのだという。
折角なので最近ずっと持ち歩いているロザリオを見せたら、美言さんは良い笑顔でこんな事を言う。
「わぁ、可愛いネックレスですね!
私も欲しいです!」
「いや、ネックレスじゃ無いし法具だし、そもそもそれ敵勢力の物ですからね?」
「それはそれ!
これはこれ!」
 なんだか美言さんがロザリオを欲しがり始めてしまったので、俺は匠ちゃんが運営しているというネットショップのアドレスを教えておいたのだった。

 紙の守出版を出たのは、お昼時も暫く過ぎた時間だった。
そう言えばまだ昼食を食べていないなと思い、その辺にあった牛丼屋へと入る。
「いらっしゃいませー!」
 元気の良い店員の声に迎えられ店内に入ると、見覚えの有る顔が居た。
牛丼屋の制服に身を包んだ、あの堕天使が居たのだ。
「……お前、なにやってんの?」
 俺が怪訝そうにそう言うと、堕天使ははっとして俺に言う。
「な、何のことは無い。
人間どもを堕落させるための下積みをしているのだ」
「ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど、牛丼並とお新香、あとけんちん汁ね」
「牛丼並一丁!」
 店員が堕天使だと言う事はさておき、特に待たされる事も無く出された牛丼を食べ、ごく普通に会計をし、ごく普通にその店を後にした。