ある日の事、俺の所に除霊依頼というか、相談事が来た。
なんでも、勤め先から何とか歩いて行ける範囲の神社で、自分の名前の書かれた藁人形を見つけてしまったという。
どう考えても呪術関連で依頼主に危険が及ぶ可能性が高いので、相手の都合の良い日にちを聞き、相談に乗る事にした。

 依頼主はどうやらある程度勤務時間を融通出来る職業のようで、翌日の昼から、いつも仕事の話をする時に借りている個室の飲食店で話をしていた。
大柄でしっかりした体にもかかわらず、呪われていたと言う事がショックなのか、それともただ単に仕事が激務なのかはわからないが、やつれた表情をしている男性。
 彼に見せられたのは、釘を抜いた痕のある藁人形と、それに貼り付けられている名前の書かれた札が写った写真。
何故実物を持ってこなかったのかと訊いたら、これを持ってスピリチュアルな事に詳しい兄に相談したところ、まず父親の従兄弟がやっている弁護士事務所に行け。その後に警察に行け。と言われたらしく、現在実物は警察の元にあるという。
「は、はぁ」
 真っ先に名誉毀損だの侮辱罪だので犯人を追い詰めようという機転の利く兄とか凄いな。
 兄と言えば、依頼を受けた時に彼の名前を聞いているのだが、その時から引っかかっていた事を訊ねてみる事にした。
「あの、失礼ですが、そのお兄さんって、カナメさんと言う名前ではないでしょうか?」
「え? なんで兄貴の名前をご存じで?」
 今回の依頼人の名前は、柏原アレクさん。
『柏原』なんていう名字は珍しいので、もしやと思ったのだ。
そう言えばカナメは法律系の単位の成績が良いと言っていたし、そう言う入れ知恵も出来るだろう。よく考えたら彼女も軍属だし。
 カナメとは高校の時からの友人なんですよなんて話をした後、本題に入る。
写真だけで呪いの状態がわかるのかと思われそうだが、写真に写るのは画像情報だけではない。その時のありとあらゆる感情等、目に見えない情報も入っているのだ。
それを渡された写真から読み取ると、どうやらアレクさん宛の呪いは完遂する前に見つかった物らしく、既に呪いの半分以上は術者に返っているだろうと言う事がわかった。
 しかし、それでも若干の呪いは掛かってくるし、なにより呪いを掛けられたという事実はトラウマになる。
なので、呪いの処理はきちんと済ませておかないと依頼人が安心して生活する事が難しくなる。
 俺は除霊用品の入った鞄の中から、人差し指の第一関節くらいの大きさをした赤い石を取り出す。
「これを握って、胸に当てて下さい」
「あの、これ何なんですか?」
「これは石榴石と言って、我々は身代わり石として使っています」
 これを身代わりにするのかと、少し後ろめたそうな顔をするアレクさん。
そうだよな。兄があれだけ石好きだもんな。戸惑うよな。
 しかし背に腹は代えられないと、アレクさんは石榴石を握って胸に当てる。
それを確認した俺は、鞄から取りだした破魔の札を右手の人差し指と中指で挟み、呪文を唱える。
 短い呪文を何度も繰り返し唱える事暫く、破魔の札が炎を上げ、一瞬にして燃え尽きた。
「はい、呪いの処理は終わりましたよ」
「ほ、本当ですか?」
 俺の言葉にアレクさんは恐る恐る胸から手を離し、拳を開く。
開いた手のひらの上には、無残に砕けた石榴石が乗っていた。

 その後、安心しきった様子のアレクさんと、食事を共にする事になった。
何度も感謝の意を伝えてくるアレクさんだけれども、突然こんな事を訊いてきた。
「そう言えば寺原さんは高校の時から兄貴の友人だって言ってましたけど、この仕事の事を兄貴には言ってるんですか?」
 何故そんな事を訊くのだろうと、答えを返さず訊ね返す。
するとこう返ってきた。
「いやぁ、兄貴からこう言う除霊を生業としてる人の話って聞いた事無いなって思って。
昔、友達の家がお寺さんで、お盆の時期はなかなか会えないって言ってた気はするんですけどね」
「いやはや、自分で言うのはなんですが、退魔師って正直、胡散臭い職業じゃないですか。
だから言いづらいなと思って言ってなかったんですよ」
「なるほど、そんな理由があったんですね」
 アレクさんと談笑しながらも、俺はある言葉を聞き逃してなかった。
『お盆の時期はなかなか会えないって言ってた』
 こんな事を家族に言うくらいには、俺に会いたいって思っててくれてたのかな?
そう考えると、何となく嬉しい気持ちになった。

 その暫く後、いまだアレクさんの言っていたカナメの話に気分を浮つかせたまま、とある駅の駅ビルへと向かっていた。
その駅ビルには小さいパワーストーンのお店が入っているのだけれど、だいぶ前に試しにそこで買った石を使ってみたら非常に使い勝手が良かったので、今回はちょっと大物を買おうと思ったのだ。
「いらっしゃいませ」
 お店の中に入ると、店員は高校生くらいの女の子が一人だけ。
前に対応して貰ったのは店長さんだったので、こんな若い子が石の取り扱いを上手く出来るのかという不安が一瞬湧いた。
 けれどもその不安はすぐさま取り払われる事になる。
手慣れた様子で石を磨く手つきも見事な物だし、何よりも彼女の両肩には、カナメに憑いているのと似たような、宝石を背中に敷き詰めたカエルが二匹も乗っているのだ。
 宝石ガエルが憑いてるような子なら、安心して石の話が出来るかな。そう思って彼女に話しかける。
「すいません、少しお伺いしたいのですが」
「はい、何でしょう」
「スギライトという石は置いてありますか?」
「スギライトですか? ございますよ」
 彼女は何のためらいもなく、石の丸玉が入ったケースの中から、紫色の石を取りだしてタオルの上に並べる。
「こちらがスギライトです」
 そう、彼女の言うとおり、これがスギライトだ。
だが、今回探しているのはこう言った形状の物では無い。
「あの、こう言うのではなくて、少し大きめの原石が欲しいのですが」
 その一言に、彼女は妙に機嫌の良さそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「原石ですね。今店頭には置いておりませんので、店長に問い合わせてみます。
少々お待ち下さい」
 そう言って彼女は、レジの奥にある電話で通話を始める。
暫くその様子を見守った末、電話を切った彼女が店長からの伝言を伝えてきた。
「暫くお待ちいただけるのでしたら、これから店長が持ってくるそうです。
それともお取り置きにしますか?」
 うーん、取り置きにしてもいい気はするのだけれど、俺の家からこの店に来るのは少し面倒だ。
「そうですね、店内を見ながら暫く待ちます」
 俺はそう伝え、店内の石を物色し始めた。

 それからまた暫く。店長が荷物を持ってやってきた。
「どうもいらっしゃいませ。
ステラちゃん、このお客さんがスギライト欲しいって人かい?」
「そうです。
店長、どれくらいの物持ってきたんですか?」
「原石のストックがこれしかなくてね。
お客さん、これで良いですかね?」
 そう言って店長が取り出したのは、手のひらよりも少し大きいくらいの、紫色の石。
それを見て店員さんが少し気まずそうな顔をする。
「あの、店長……
私が想定していた物より相当大きいんですけど……」
「だから電話で大きいって言ったろ?」
 これは大きい内に入るのか?それに、大きいからと言って店員さんがこんなに戸惑う理由がわからない。
取りあえずこれを下さいと店長に伝えると、レジに予想外の数字が並んだ。
「五万四千八百三十円になります」
 これを一括で買うつもりって言ったら、そりゃ店員さんも挙動不審になるよ。
取りあえず、一旦ATMに行って来るのでその石はここに置いておいて下さいと言って、銀行へ向かった。