「ほうら! おめーが狙ってるのは俺だろ!? こっち来いよ、お尻ぺんぺーん!!」


 挑発して走り出すと、覆面男はまんまと俺を追いかけ、坂を上りだす。覆面男の遥か向こうに、一目散に坂を下りていく心菜の後ろ姿が見えた。正しいことをしたはずなのに、胸がギリリと痛んだ。あいつは今、きっと泣いている。さっさとこの通り魔をなんとかして、心菜の涙を止めてやらなきゃいけない……


 坂を上りきったところにはオレンジ色の外灯でぼんやりと中を照らされたトンネルがあって、ここは心霊スポットとして有名だった。なんでも夜通ると女のすすり泣きが聞こえるとか、血まみれのゾンビに追いかけられるとか、下半身がないおかっぱの女の子がケタケタ笑いながらついてくるとかetc……。いかにも怪しげな雰囲気の場所で、幽霊だのオバケだのあまり信じてない俺でも、そして不良のボスでも、夜はあまり通りたくないところだったが、今はとりあえず通るしかない。トンネルに入った途端、足音が壁と天井に反響して大きくなる。


 すぐにもうひとつの足音が聞こえてきた。坂の上へ引き付けたのは相手の速力が落ちることを期待したからだったのに、上り坂にも関わらず全然こいつはスピードを落とさない。予想以上の体力にチッと舌打ちした途端、俺は何かに足を取られてすっ転び、反射的についた両手のひらを思いっきりすりむいた。変色してぐちゃぐちゃになったダンボールが落ちていた。トラックの荷台か何かから転げ落ちたやつだろう。


 急いで起き上がろうとするがその前に足音に追いつかれる。もう戦うしかない! 大丈夫、喧嘩ならこっちは専門家だ……振り下ろされたバットを反射的に交差させた手首で受けた。骨がはじけるような痛みが皮膚の下でふくれ上がった。すぐに来るもう一発を避け、ふらふらする身体でなんとか立ち上がる。柔道の要領で足を払うと覆面男は俺の不意の攻撃にすっ転び、そのまま落ちた上半身を押さえ込もうとするとやけくそのように振り回されたバットが肩に当たる。衝撃が背骨まで貫いて、今度は俺がアスファルトに崩れてしまう。


 顔を上げた時、覆面男は既に立ち上がっていた。バットが振り上げられ、表情のない顔が俺を見下ろしている。


「ゆ○○○○○だ」


 はっ? 今なんて言った? いやそれより俺も立ち上がらないと。バットを避けて立ち上がって、こいつのわき腹に二、三発お見舞いして、それから。
 間に合わなかった。


 ドゴッ、と重い音がして、それが俺の最期の感覚になった。