今日も家を出る時大喧嘩してしまった、オヤジとオフクロの顔を少し思い浮かべた。
どうせ喧嘩しに行くんだろ、ってなじるように言うオフクロと、今にも俺につかみかからんばかりの勢いで「不良なんかに育てた覚えはない!!」って怒鳴るオヤジ。オヤジと殴り合いの喧嘩になるのもオフクロの小言もすっかり慣れちゃってたけど、ほんとに俺、だいぶ心配かけてんだろうな。いつ大ケガして帰ってこないか、問題起こして高校クビにならないか、気が気じゃないんだろうな。ウザいと思ったことも親なんていらねぇって思ったこともある。でもこんなロクデナシの不良でも見捨てないでいてくれる二人には、なんだかんだで感謝してるんだ。そんなこと、絶対に口に出せねぇけど。
「俺、これからは真面目になる。秋になって引退したら、もう不良は終わりだ。勉強もきちんとやって進路のことだって真剣に考えて、自分のやりたいこと見つける。心菜に心配かけないようにする」
「ほんと?」
「男に二言はねぇーよ」
ニッと笑うと心菜は泣き笑いみたいな顔になって、俺は指の腹で目の縁に溜まってる涙を拭ってやった後、つやつやした桜色の唇にキスを落とした。薬用リップクリームのとがった味がした。
まずは優しく、それから少し激しくキスをする。舌を伸ばしてやわらかい頬の内側を探ると、あふれた唾液が顎を伝う。心菜がちょっと苦しそうに息を漏らす。やべー止まんねー。キスだけじゃ我慢できなくなってきた!!
行くべきところに行こうとした俺の手を心菜は慌てて握って止め、そしていそいそと身体を離した。白かった顔が真っ赤に火照(ほて)っている。
「だっダメだよこんなところで! ひーくん、何考えてるの!?」
「こんなところじゃダメだったら、こんなところじゃなかったらいいのか?」
「どういうこと?」
「行くか? ホのつくところ」
心菜がもっと真っ赤になって、下を向いた。付き合ってもう二年近く経つのに、反応が相変わらず初々しい。こういうところがめちゃくちゃ、好きだったりする。
「だっダメ! 十八歳未満はそういうところ入っちゃいけないの! 知らないの!? だいたい、もう十時近いじゃない! 高校生はもう家に帰る時間だよ!?」
「ったく、心菜はほんっと真面目だよなぁ。不良と付き合ってる割には」
「ひーくんがこんなんだから、わたしがしっかりしなきゃなの!!」
ぱんぱん、とスカートの裾を払いながら立ち上がって、心菜がはっと息を止めた。視線が公園の入り口で静止している。
車止めを跨ぎ、並んで停めた俺らの自転車を避けるようにして公園に入ってくる人影。Tシャツにジーンズ、身体の大きさからするとたぶん男。公園の外灯に照らされ、何もないのっぺらぼうの顔が浮かび上がる。一瞬息が止まる。いや、のっぺらぼう、じゃない。銀行強盗がするような真っ黒い覆面を被っているんだ。
一歩一歩、おもむろにこっちへ近づいてくる男の右手には、金属バットらしき長いものが握られていた……
それを、獲物を捕らえる鬼のように大きく振りかざした。
「心菜!」
叫びながら、心菜の手を取って走り出した。同時にそいつも動いた。重そうな武器を持ってる割に、意外と素早い。ぶん、ぶんと金属バッドが空気を切る音が不穏に鼓膜を叩(たた)く。この公園は俺らの自転車が並んで停めてある入り口のほか、もうひとつ入り口がある。心菜を連れてそっちに向かって走ったが、男のほうが足が速い。
「ひーくん……!」
心菜が不安に満ちた声で俺の名前を呼んだ。
咄嗟に何か攻撃出来るものを探すと、空き缶やペットボトルが詰められたゴミ箱が目に入る。いったん心菜から手を離してゴミ箱を持ち上げ、中身ごと男に向かって投げた。俺の予想外の動きを読めなかった男はあっさりゴミ箱から飛び出した空き缶につまずき、ドサッ! と象か何かが倒れたみたいな音がした。
呆気に取られてる心菜の手を取って公園の前の路地に出る。この坂道は降りればボンジュールのある荒地に続き、上れば急カーブが続くクネクネした山道だ。一日を通して人通りの少ない道で、十時近い今もしんとしている。助けを呼んだところで誰も来てくれないだろう。
「心菜、逃げろ! あいつはたぶん頭のおかしい通り魔だ! 逃げるしかない!」
「ひーくんは……」
「俺があいつを引き付ける! 心菜はこの坂下りて、橋場(はしば)ん家に逃げ込むんだ!! 二人別々の方向に行こう!!」
橋場なつき。心菜の中学時代からの親友で、ベリーショートがトレードマークのサバサバした男っぽい子。その子の家はこの坂道を下りる中にあったはずだ。ベストな選択をしたはずなのに、心菜はぎょっと目を見開いて恐ろしげな表情になる。
「そんな……嫌だよ、ひーくんと離れるなんて」
「俺は大丈夫だ、とにかく心菜の安全が絶対だから! 早く逃げろ!!」
「でも……」
「それしかねーんだよ!!」
公園の入り口にぬっと頭を突き出した覆面の顔を見つけ、俺は心菜を突き飛ばした。突き飛ばされた瞬間、心菜は真ん中から真っ二つに割れそうな顔をした。
どうせ喧嘩しに行くんだろ、ってなじるように言うオフクロと、今にも俺につかみかからんばかりの勢いで「不良なんかに育てた覚えはない!!」って怒鳴るオヤジ。オヤジと殴り合いの喧嘩になるのもオフクロの小言もすっかり慣れちゃってたけど、ほんとに俺、だいぶ心配かけてんだろうな。いつ大ケガして帰ってこないか、問題起こして高校クビにならないか、気が気じゃないんだろうな。ウザいと思ったことも親なんていらねぇって思ったこともある。でもこんなロクデナシの不良でも見捨てないでいてくれる二人には、なんだかんだで感謝してるんだ。そんなこと、絶対に口に出せねぇけど。
「俺、これからは真面目になる。秋になって引退したら、もう不良は終わりだ。勉強もきちんとやって進路のことだって真剣に考えて、自分のやりたいこと見つける。心菜に心配かけないようにする」
「ほんと?」
「男に二言はねぇーよ」
ニッと笑うと心菜は泣き笑いみたいな顔になって、俺は指の腹で目の縁に溜まってる涙を拭ってやった後、つやつやした桜色の唇にキスを落とした。薬用リップクリームのとがった味がした。
まずは優しく、それから少し激しくキスをする。舌を伸ばしてやわらかい頬の内側を探ると、あふれた唾液が顎を伝う。心菜がちょっと苦しそうに息を漏らす。やべー止まんねー。キスだけじゃ我慢できなくなってきた!!
行くべきところに行こうとした俺の手を心菜は慌てて握って止め、そしていそいそと身体を離した。白かった顔が真っ赤に火照(ほて)っている。
「だっダメだよこんなところで! ひーくん、何考えてるの!?」
「こんなところじゃダメだったら、こんなところじゃなかったらいいのか?」
「どういうこと?」
「行くか? ホのつくところ」
心菜がもっと真っ赤になって、下を向いた。付き合ってもう二年近く経つのに、反応が相変わらず初々しい。こういうところがめちゃくちゃ、好きだったりする。
「だっダメ! 十八歳未満はそういうところ入っちゃいけないの! 知らないの!? だいたい、もう十時近いじゃない! 高校生はもう家に帰る時間だよ!?」
「ったく、心菜はほんっと真面目だよなぁ。不良と付き合ってる割には」
「ひーくんがこんなんだから、わたしがしっかりしなきゃなの!!」
ぱんぱん、とスカートの裾を払いながら立ち上がって、心菜がはっと息を止めた。視線が公園の入り口で静止している。
車止めを跨ぎ、並んで停めた俺らの自転車を避けるようにして公園に入ってくる人影。Tシャツにジーンズ、身体の大きさからするとたぶん男。公園の外灯に照らされ、何もないのっぺらぼうの顔が浮かび上がる。一瞬息が止まる。いや、のっぺらぼう、じゃない。銀行強盗がするような真っ黒い覆面を被っているんだ。
一歩一歩、おもむろにこっちへ近づいてくる男の右手には、金属バットらしき長いものが握られていた……
それを、獲物を捕らえる鬼のように大きく振りかざした。
「心菜!」
叫びながら、心菜の手を取って走り出した。同時にそいつも動いた。重そうな武器を持ってる割に、意外と素早い。ぶん、ぶんと金属バッドが空気を切る音が不穏に鼓膜を叩(たた)く。この公園は俺らの自転車が並んで停めてある入り口のほか、もうひとつ入り口がある。心菜を連れてそっちに向かって走ったが、男のほうが足が速い。
「ひーくん……!」
心菜が不安に満ちた声で俺の名前を呼んだ。
咄嗟に何か攻撃出来るものを探すと、空き缶やペットボトルが詰められたゴミ箱が目に入る。いったん心菜から手を離してゴミ箱を持ち上げ、中身ごと男に向かって投げた。俺の予想外の動きを読めなかった男はあっさりゴミ箱から飛び出した空き缶につまずき、ドサッ! と象か何かが倒れたみたいな音がした。
呆気に取られてる心菜の手を取って公園の前の路地に出る。この坂道は降りればボンジュールのある荒地に続き、上れば急カーブが続くクネクネした山道だ。一日を通して人通りの少ない道で、十時近い今もしんとしている。助けを呼んだところで誰も来てくれないだろう。
「心菜、逃げろ! あいつはたぶん頭のおかしい通り魔だ! 逃げるしかない!」
「ひーくんは……」
「俺があいつを引き付ける! 心菜はこの坂下りて、橋場(はしば)ん家に逃げ込むんだ!! 二人別々の方向に行こう!!」
橋場なつき。心菜の中学時代からの親友で、ベリーショートがトレードマークのサバサバした男っぽい子。その子の家はこの坂道を下りる中にあったはずだ。ベストな選択をしたはずなのに、心菜はぎょっと目を見開いて恐ろしげな表情になる。
「そんな……嫌だよ、ひーくんと離れるなんて」
「俺は大丈夫だ、とにかく心菜の安全が絶対だから! 早く逃げろ!!」
「でも……」
「それしかねーんだよ!!」
公園の入り口にぬっと頭を突き出した覆面の顔を見つけ、俺は心菜を突き飛ばした。突き飛ばされた瞬間、心菜は真ん中から真っ二つに割れそうな顔をした。