「りょーくんは一度約束を破った。でもそれはいいの。しょうがないことだから。今まで約束守ってくれた人なんていなかった。私がどんなに好きでも、所詮妖怪と人間、住む世界が違うもの」

　ヒナノの力が強くなる。

「だから、りょーくんが今日、戻ってきてくれて、私のこと思い出してくれて本当に嬉しかった。私、りょーくんのこと大好きなのよ？りょーくんが来なくなっても忘れたことなんてないのよ」

　冷たい空気が僕を包んでいるのがわかる。何とかヒナノの手から逃れようともがくが、手も足も出ない。
　その時、ふとヒナノの力が緩んだ。そして、僕に覆いかぶさってきた。耳元でヒナノがささやく。

「……寂しいの。一緒にいて。約束したでしょ？」
「ごめん……忘れてたのは本当にごめん。でも、僕とヒナノは住む世界が違うんでしょ？ヒナノはヒナノの世界で一緒にいてくれる人を探したらどうかな……？」
「さっき言ったでしょ。私はこの家に憑いてるの。どこにも行けない。それでも、私が誰にも見えてなくても、誰かが家にいてくれればそれでよかった。なのに、りょーくんたちはおばあちゃんまで連れて行っちゃうんでしょ？」
「ごめん……ばあちゃんを1人にしておけないって、母さんが……」
「ひとりぼっちは嫌だよ……怖いよ……。ねえ、りょーくん、覚えてる？約束」
「一緒にはいられない。ごめん、ごめん……」
「違うよ。約束、破ったら」
「破ったら……？」

　破ったら、なんだっけ。まだ思い出せない。思い出さなきゃいけないような気がする。そうしないと……

「破ったら、×××」
「！！」

　ヒナノが更に僕の耳元に近づいてささやいた。
　ああそうだ……そんなことを言っていた気がする。あの時の僕は、ゆびきりと同じように軽い気持ちで約束をしてしまった。思い出してももう遅い。
　ヒナノが僕の額に手をかざす。目の前を黒いもやのようなものが覆っていく。
　子どもの時の軽い約束……僕にとってはその程度のことだった。ヒナノにとっては、何人もの子どもたちと同じ約束を交わし、そして破られていった約束だったんだ。
　意識が遠くなる。遠ざかる意識の彼方で、姉が僕を呼ぶ声がした、気がする……