玄関を開けると、薄暗い部屋の奥から、がやがやした歓声が耳に飛び込んできた。
 彩也子は靴を脱ぎながら声をかける。

「諒一?」

 返事はない。だが、いざ部屋にあがってみると、ソファの上に寝そべる男がいた。携帯ゲームに夢中の男の正面で、つけっぱなしのテレビがむなしく笑い声をたてている。音量を落とし、カーテンを閉めた彩也子は部屋の明かりを付けてもう一度声をかけた。

「諒一」
「ん」
「今日泊まるの?」
「ん」
「……食べ物、一人分しか買って来てないよ」
「ん」
「次からは……先に連絡してほしいなって」
(前も、言ったんだけど)

 心中でつぶやくのと同時に、「あー!」と諒一が大声をあげた。

「おまえがずっと話しかけてくるから負けたじゃん! これオンラインゲームだから負けると他人に迷惑かかるんだよ、空気読めよ」
「あ……ごめん」
「あーもう」

 諒一は不機嫌そうにがしがしと頭を掻いた。

「メシは?」
「……だから、今日来ると思ってなかったから、食材買ってないよ」
「あーじゃあ作んなくていいよ。なんか買ってきて」

 彩也子はため息を吐いて立ち上がった。

「何そのため息?」
「なんでもないよ」
「なんで女っていつもそうやって察してもらおうとすんの? 言わなきゃわかんないじゃん」
「……ごめん」

 答えは無く、代わりに画面の中の芸人たちがどっと沸いた。その笑い声に、諒一のものが重なる。

「そういえば、この前ドタキャンしてごめん」

 その言葉に、彩也子は振り返った。
 諒一はテレビから目を離さずに続ける。

「二日酔いでしんどくてさー。ほんとごめんな」
「ううん、いいよ。体調悪いのは仕方ないもん」

 間髪入れずにそう返して、玄関のドアを開いた。
 外気が頬を冷やす。

(あの人は、ちゃんと謝れる人だから)

 だから、大丈夫と、言い聞かせる。

(いつか、きっと変わってくれる)

 吐いた白い息が、曇天の夜空へのぼっていった。